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トランスバール共和国

トランスバール共和国、South African Republic

正式名称は”南アフリカ共和国”1800年代初頭、アフリカは奴隷貿易禁止を謳いつつアフリカの地下資源を狙って多くの列強がしのぎを削った時代です。トランスバール共和国はそんな折に誕生した国です。トランスバールはオランダ系移民であるボーア人による自治区でした。当時1830年にイギリス統治に反対したオランダ系移民が集結し南アフリカ北部へ集団移民して建国した。独立を果たした後にアフリカの内陸で海を持たない事が不経済だと感じで海を求めて戦争を起こすがこれはイギリスによって阻止されます。この時既にイギリスはアフリカ全土を掌握する野望を持っていたために不平等な条約も多々見受けられるようになってきます。イギリスに敗北したことで慢性的な財政難に陥っていくことに成ります。

1886年転機が訪れます。トランスバール共和国内で金鉱脈が発見され鉱山開発が始まります。財政難だった為この金採掘に外資の出資を必要としていました。この時手を貸すデビアス鉱山の”セシル・ローズ”や世界的な財閥”ロスチャイルド”は金を輸送するための鉄道網の整備に出資した、一見良い整備に思えますが、しかしこれは事実上イギリスに金鉱脈の既得権を奪われる事へとつながっていきます。

1899年にイギリスとの間にボーア戦争が勃発1902年に敗戦してトランスバール共和国は滅亡し、イギリスの統治下でトランスバール植民地とされた、金鉱脈の採掘量は激減して戦争で街は破壊され荒廃したが統治したイギリスによって1905年にはボーア人農民を勢力基盤とする人民党が成立、1906年には自治政府が樹立され南アフリカ連邦の自治州として半復興を遂げた。アパルトヘイトの終結後の南アフリカの再編ではトラスバール州は分断されていますが、この時目立った紛争や抗争がなかったことを考えると、1902年に事実上滅亡していたで歴史の史実としては合っていると思われます。

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