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ケープ植民地(ケープコロニー Cape Colony)

1652年にオランダによってアフリカ上陸がなされ以降ケープ植民地はアフリカのホープ岬を軍事的な拠点とした欧米列強によって長きにわたって覇権を争った重要な地です。

当時のアフリカを取り巻く環境は複雑です。宗教的にヨーロッパで発達したキリスト教(カトリック)と新興のプロテスタント、それに対抗するイスラム教(アフリカ北部拠点)フランスとイギリスの覇権争いと、オランダなどのネーデルランド系の勢力(ポルトガルやスペイン含む)、それにイタリアとドイツを加えた列強等の僅かな国で広大なアフリカを分割統治していました。

1600年代や1700年代はアフリカ内陸部には魅力的な資源は無いと思われていたためにアフリカは海岸部の港覇権が主でした。その為列強は港を抑える事に力を使い内陸にはあまり興味を示していませんでした。先住民との取引も家畜や農産物が主で貨幣ではなく物々交換が主流でした。また先住していたコイコイ族は奴隷として制圧されていましたが、先住民との間に生まれた子供たちはボーア人と呼ばれ人種差別されることなく白人社会に組み込まれています。

1860年以降ダイヤモンドの鉱脈や金の鉱脈、そしてプラチナなどの豊富な地下資源が確認されると覇権争いはさらに激しい物に成っていきます。そしてこの流れは1910年に南アフリカ連邦発足まで続いていきます。

 

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