シャルル突進公
Charles de Valois-Bourgogne シャルル(1433年11月10日 – 1477年1月5日)シャルル・ル・テレメールとも。
勇猛な王だったことから突進公と呼ばれた。ヴァロワ・ブルゴーニュ家の事実上最後の君主。キリスト教カトリック、ローマ法王の直属の部下でもあるローマ皇帝になることが野望で生涯を戦いに明け暮れた。自身の統治するブルゴーニュはフランスの属国であったが、ブルージュとアントワープと言う世界初の自由貿易港を持ったことで経済力を付けたシャルルは盛況な金羊毛騎士団を引いて各地を転戦して領地拡大を夢見た。当時のヨーロッパでは軍隊は傭兵がメインで戦いの度に傭兵を募集していた。そのため経済力はそのまま軍事力と考えられていた。戦好きな一方で無類のダイヤモンド好き。自由貿易港ブルージュには世界中の珍しい宝石が持ち込まれていた。その中でもダイヤモンドは特別な宝石でシャルルはダイヤモンドこそ権力者の象徴と考えていた。
※テレメールとはフランス語の形容詞 téméraire。「向こう見ずな」の意味で好戦的だったシャルルはしばしばこのテレメールという形容詞で表現されることがある。
世界で初めてエンゲージリングのダイヤモンドを贈られた事でも有名な「ブルゴーニュのマリー」(マリー・ド・ブルゴーニュ)は、シャルルの一人娘。ヴァロア・ブルゴーニュ家の4代目君主である。
財政を支えた港町ブルージュにはシャルルお抱えの研磨師ルドウィック・ヴァン・ベルケム(Lodewyk van Berken)らがいた。