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一次鉱床と二次鉱床のダイヤモンドの違い

ダイヤモンドには一時鉱床と二次鉱床が有ります。一次鉱床はダイヤモンドが地下マグマから運ばれてきたその通り道でもある沈静化した火山のマグマ穴を掘ってその中から鉱物を採取する方法を指します。現在有名な一次鉱床はロシア、カナダ、オーストラリア、ボツワナ、南アフリカと主要なダイヤモンド鉱山は全て一次鉱床です。対して二次鉱床は一次鉱床で地表へ出てきた地下資源が雨風で運ばれて堆積した川底や海底の堆積物を調べる方法を指します。基本的に二次鉱床よりも一次鉱床の方が産出量が多いのですが、採掘コストがかかります。二次鉱床は採掘コストが低い事とダイヤモンドに関して言えばなぜか大粒で高品質な原石が多く産出しているのも特徴です。その証拠にダイヤモンド業界で原石を”リバー(RIVER)”と呼ぶ場合は原石が高品質である事の意味で使われます。しかし近年高品質ダイヤモンドは何もリバー(RIVER)だけでは無い事も判ってきました。このコンテンツではどうしてリバー(RIVER)二次鉱床が高品質とされたのか?を紐解いていこうと思います。※ブリッジ銀座アントワープブリリアントギャラリーでは二次鉱床の鉱山企業との取引は有りますが、基本的に一時鉱床のダイヤモンド原石を取り扱っています。(デビアスグループのナミビアでは海底の沖積鉱床で採掘しています。)

最初は二次鉱床だけで産出していた

ダイヤモンドは1866年までインドとブラジルがその産地でした。ブラジルもインドもいわゆる二次鉱床でした。しかし、簡単に川底の堆積物や海の堆積物を探せばよいと言うものではなく2~5億年かけてアフリカの火山噴火の堆積物と一緒に大陸の移動によってゆっくりと時間をかけて運ばれてきたダイヤモンドは有るときは土地の地盤沈下と共に地底へ潜り、ある時は土地の隆起と共に地表へと出現すると言った具合でしたので、インドもブラジルも一か所でまとまってダイヤモンドが産出していたわけではなさそうです。一部ゴルゴンダ等の有名なダイヤモンドの谷は存在しますが、実際そこで産出していたのかは?判っていません。近年の研究でゴルゴンダ産のダイヤモンドは基本的にタイプⅡでしかもクリッパー(CLIPPIR)ダイヤモンドなのではないか?と言う研究が進められています。インドやブラジルの漂砂鉱床(二次鉱床)産出のダイヤモンドの誕生が地球誕生の秘密に迫る手掛かりとなっているのです。南アフリカやボツワナの鉱山産出のダイヤモンドからもクリッパー(CLIPPER)ダイヤモンドが確認されていますので、特定の一次鉱床の堆積物がインドやブラジルの二次鉱床である事が解明される日が近いかもしれませんね。

※上写真はボツワナのジュワネング鉱山産出(一次鉱床)

1866年までに人類がインドとブラジルで発見したダイヤモンドの総数は10万カラットだったと言われています。これは有史以前紀元前5世紀頃からインドでダイヤモンドがカーストの証として用いられていた事を考えるとトンデモナイ出現確率と成る事は容易に想像できると思います。2300年の間に10万カラットですので平均すると1年間に世界で僅かに43カラットしか産出していなかったのです。宝石品質の割合は20%と仮定しても年間8カラット程度なのでダイヤモンドは宝石として流通する事は不可能だったと考えられます。ダイヤモンドはその鉱物的特性から珍重されたのです。

そしてそれは圧倒的な希少性と共に様々な神話や逸話を伴い人々の間に広まっていったと考えられます。かの大プリニウス(古代ローマの科学者)も自身の著書”博物誌”の中で「ダイヤモンドはこの世の全てで最も価値のあるものだ」と記しています。プリニウスが博物誌を書いたのは紀元50年頃の話なので、当然当時ダイヤモンドを加工することは出来ませんでした、ダイヤモンドはもっぱらその硬さ故に貴重とされてきたのです。事実プリニウスの考察で”プリニウスは胡瓜(きゅうり)の種ほどのダイヤモンドも貴重視していたが、それらは工具としての実用性が評価されたもので、「宝石」としての評価ではなかった。”と表されています。宝石としてはルビーやサファイヤエメラルド、ソレに真珠の方が珍重されていました。※ルビーやエメラルドのその他の鉱物と混同されることが多く、歴史上有名なルビーやサファイヤとされていた宝石が後の調査でスピネルやその他の類似宝石であった事が判明するのは珍しい話ではありません、今もそうですが当時の科学では判らないことだらけだったのです。

聖書の「エレミア書」には(第17章1)「ユダの罪は、アダマントのとがりをもってしるされ、彼らの心の碑と、祭壇の角に彫りつけられている。」と書かれています。がここで使われているアダマントはプリニウスの博物誌の中で使われた”鉄鋼を含めて硬いもの全体を表現した「アダマス」( Adamas )という物質の一種として取り上げた”から取られたと考えられています。インドでカーストの証として使われたのもこの比類なき硬さ故、レプリカの複製や模造品の作成が出来なかったことに由来していると思われます。

この当時からダイヤモンドは加工し難い物であることは知られていました。原石の結晶方向に平行に割れる性質”劈開(へきかい)”も解明されていませんでしたので、ダイヤモンドは超硬素材でありながら、時に脆く割れたりするという何とも所有者泣かせな品物だったのです。しかもプリニウスの記述に出て来る胡瓜(きゅうり)の種ほどのサイズ、、、これでは結晶の方向や加工しやすさとかそういう話に成りませんね。この頃古代インドではダイヤモンドを砕いた粉末をオリーブオイルに溶いてペースト状にしてそれを木の皮や動物の皮に塗布して研磨材にしていました。当時この方法は唯一ダイヤモンドを加工する方法だったのです。古代インドのダイヤモンドは少なからずこの方法で仕上げらられ、こうして僅かに表面を磨いて大まかに研磨面を付けた加工のダイヤモンドをムガールカットと呼びます。比類なき硬さから発揮される表面研磨は不完全でしたがそれでも当時の人々を魅了したのです。

ここで注目したいのはこの時発見されているダイヤモンドは全て漂砂鉱床(二次鉱床)のダイヤモンドであるという事です。一次鉱床でダイヤモンドは発見されるのは1866年に最初のダイヤモンドが発見されてから約20年後ですので、1886年頃と言うことに成ります。それまでに発見されたすべてのダイヤモンドは少なくとも二次鉱床のダイヤモンドなのです。一次鉱床のダイヤモンドと二次鉱床のダイヤモンドには決定的な違いが有ります。それは結晶の先端が粗く削れて丸くなり、全体的に丸みを帯びた二次鉱床のダイヤモンドに対して、一時鉱床のダイヤモンドは結晶形が完全に残ったまま(過度の尖った結晶の形をしたまま)産出してくるという事です。ランオブマインの回で書いたような原石の集合体を見ると産地のおおよそを言い当てる事が出来るのは、原石の受けている外的要因が産地によって特性が有り一定の確率で外観が似ている事が要因です。

オールルドマインカットやマザランカット等のアンティークカットは全て一次鉱床産出のダイヤモンドを研磨師して仕上げて有るという事です。もともとの結晶の形が不明瞭だったためプリニウスの文献でも紹介されていた8面体結晶の結晶目で有ると仮定してダイヤモンドをへき開することが多かったことから現存するアンティークカットは8面結晶のダイヤモンド率も高くなります。6面や12面のダイヤモンドをへき開すると思わぬ方向に砕けてカット失敗となったのです。

ダイヤモンド原石

ランオブマインの様に結晶形が残ったまま産出していたならば、古代の学者たちにもダイヤモンドの特性や劈開を容易に見抜く事が出来たかもしれません、しかし、長い間自然に磨かれて角の取れて丸くなったダイヤモンドではもともともの結晶の形が6面なのか?8面なのか?12面なのか?それともマクルや複合した形なのか?は外観から判断するのはとても困難だったのです。その為、劈開を利用してグリーピングするのは不確実でギャンブル性が高くとても危険な事でした。思わぬ方向に砕けてしまっては折角のダイヤモンドが台無しだからです。しかも一時鉱床で産出するダイヤモンドにはグラッシーな結晶が有るのですが、二次鉱床のダイヤモンドは例外なく表面は無数の小傷に覆われていていわゆるフロステット若しくはそれに近いダメージの状況で産出してきます。

では一時鉱床ダイヤモンドは何時頃発見されたのでしょうか?それはアフリカで見つかります。アフリカで最初のダイヤモンドは1868年に農夫の少年がオレンジ川で発見しますので、最初のダイヤモンドは漂砂鉱床(二次鉱床)です。その後、ダイヤモンドの発見される場所には特徴が有る事が判ってきます。この間、様々な地層の研究が行われ、そして20年の歳月をかけてようやくダイヤモンドを含む火山マグマの跡地にたどり着きます。しかし、この時世界は未だ大規模な鉱山採掘の技術を持っているわけではありませんでした。

1886年ダイヤモンドの一次鉱床を発見

ダイヤモンドは2017年まで地下150-200キロで結晶していると考えられていました。それはダイヤモンドに内包される他の鉱物がこの深度帯に分布する鉱物が主だったことが原因です。特にガーネット、オリビン、スピネルはダイヤモンド内部に内包される3大内包物とでもいえると思います。その為、当初アフリカでダイヤモンドを探すトレジャーハンターたちは先ずはガーネットを探したと言います。ガーネットが見つかればその近くにダイヤモンドが有る確率が高かったのです。期せずして沈静化した火山の火口部、特に火道上部でのダイヤモンド原石の発見が相次いだのですが、程なくその場所が火山の火口が風化して、地質分解が進んだ部分だという事が解明されたのです。ダイヤモンドが地底深くから運ばれたものだと判明するまでしばらくの時間がかかります。が、その事実は次第に広く受け入れられていくようになります。

一次鉱床でのダイヤモンドの採掘量は二次鉱床のそれをはるかに上回る量でした。1868年アフリカで最初のダイヤモンドが見つかってから毎年100万カラット程度が二次鉱床(漂砂鉱床)から産出していましたが、一次鉱床では一つの鉱山で年間300万カラット近くが産出したのです。

一次鉱床から産出するダイヤモンドにはそれ迄の二次鉱床では無かった特徴を持っていました。それはダイヤモンド原石の輪郭がそのまましっかりと残った状態で採掘された事です。二次鉱床では無くなってしまっていたダイヤモンド原石の角が残った状態で産出したのです。これによりダイヤモンドには同じ等軸状でも6面、8面、12面の大きく三つの形状が有る事が判明し、劈開の方向も見定めやすくなったのです。

現在ダイヤモンド原石は漂砂鉱床(二次鉱床)での採掘は一次鉱床ほど多くは行われていません、ナミビアなどの超大規模漂砂鉱床では採算が合うのですが、鉱山企業が採掘する場合には埋蔵量に限りがある漂砂鉱床では大規模採掘ではなく小規模の採掘で鉱山のコストを下げる必要が有ります。その為、世界の主要鉱山の中には二次鉱床は含まれません。しかも鉱床の違いによるダイヤモンドの価値に差がない為にどんな鉱山で産出したのか?は不明なまま販売されることが殆どです。

1900年当初のアフリカでは一時鉱床のダイヤモンドよりも二次鉱床である漂砂鉱床から産出したダイヤモンドの方が最終的に高いグレード分類に成ることが多かったことから漂砂鉱床のダイヤモンドを珍重していました。業界でリバー(RIVER)と呼ばれて、現在でも高品質原石の呼び名として名残が残っています。(※本当にリバー鉱床のダイヤモンドではないにもかかわらず高品質の場合はリバーと呼ぶ)一部専門家の中には二次鉱床のダイヤモンドはマグマの噴火で地上に運ばれる際、火山マグマの先頭部分で岩盤を下から突き破って吹きあがって来ます。ダイヤモンドを含んだマグマの上昇スピードがダイヤモンドの外観に影響を与えるかどうかは解明されていませんが、マグマの先頭部分でより高い圧力で地上に押し上げられたダイヤモンドは影響を受けた圧力と温度が高く、結果的に美しい上質なダイヤモンド原石であると考えられていたのです。

店頭に並ぶ研磨済みダイヤモンドを見て、それがどんな形状の原石だったのか?は伺い知ることは通常できません。しかし、一生の記念となるダイヤモンドですから、それを取り扱うジュエラーにどんな原石で、どんなところで産出したのか?を質問して知ることはお客様にとって大事な事であると私たちは考えています。

私たちの取り扱うダイヤモンド原石はボツワナ・ジュワネングを中心にしたデブスワナサイト産で産地毎の品質レベルは世界最高です。現在最も多くのダイヤモンドを産出するロシアやカナダも一次鉱床です。ロシア産やカナダ産は産出当初グラッシーで透明度が高く、アフリカ産では中々出現してくれなかったハイカラー(Hカラー以上・Dカラー等)が多く産出する事で取引価格も上昇、人気のダイヤモンド産地です。2020年現在代表的な一次鉱床ではロシア、ボツワナ、南アフリカ、カナダ、オーストラリアの5か所、それにレソトやジンバブエ等の一次鉱床、漂砂鉱床ではナミビアやアンゴラ、コンゴ、シエラレオネと僅かにブラジルとインド、ボルネオともっと小規模な漂砂鉱脈が世界中に点在しています。

ブリッジ銀座アントワープブリリアントギャラリーではボツワナのジュワネング鉱山を中心とするデブスワナのトップ原石を中心に原石の選定を行っています。

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