BRIDGE ANTWERP > スタッフブログ > Antwerp, BRIDGE, inifinitylove, ダイヤモンド, 銀座結婚指輪 > ダイヤモンドの産地と研磨地、集散地の違いについて②
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皆さんこんにちはBRIDGE銀座アントワープブリリアントギャラリーです。

今日は昨日に引き続きダイヤモンドの産地と集散地、そして研磨地の違いを書いて行こうと思います。それにしてもこの話は脱線する事が出来るネタの宝庫ですね!まぁ伝説や逸話などが満載なので仕方ない事なのかもしれないですね!?

昨日の話で”海賊黒ひげ”の目指す黄金伝説の地ブラジルは1850年に枯渇してしまいます。実はこのタイミングでインドのダイヤモンドも枯渇してしまいます。当時ダイヤモンドの産出は世界でゼロとなってしまったのです。その後1900年頃アフリカの鉱山が見つかるまではダイヤモンドは新品の原石供給が無い状態になってしまうのです。地図には標記の無いニューヨークのダイヤモンドカッター、ヘンリーDモース氏は1850年代にヨーロッパの貴族に手紙を書きます。その手紙には「私に預けてくださったら、あなたのダイヤモンドを少し小さくなるけど倍ほども輝かせます!」とダイヤモンドのリカットという新しいジャンルをる繰り出したダイヤモンドカッターなのです。ヘンリーDモース氏は重さよりも輝きを提唱した最初のダイヤモンドクリエイターでした。モース氏は蒸気機関のダイヤモンド切断機(ブルーティングマシーン)を開発し、それまでダイヤモンドの輪郭を自在に整える事が出来なかったのですが、ダイヤモンドの輪郭を丸く整える事を成功させた研究者でもありました。

ヘンリーDモース氏によって輪郭を調整できるようになると、四角の2辺を丸く研磨したマーキースカットが開発されます。その後四角の3辺を研磨したペアシェイプ、4隅全てを研磨したクッションカット、オーバルカット、そしてラウンドカットへとダイヤモンドは進化していきます。それまでダイヤモンドは原石の形を尊重して研磨する必要がありました(そういう形の原石であれば研磨可能であった)超硬素材で形を整える事が出来なかったのです。無理に形を調整すればそれによって割れてしまったり、研磨不可能な方向に過度なプレッシャーをかける事でダイヤモンドがダメージを受けて割れてしまったりしたためです。

正に【征服されざる者】なのです。1919年それ迄ダイヤモンドの加工と言えば、ロンドン、アムステルダム、アントワープが先行していたのですが原石の供給不足と、アメリカのヘンリーDモース氏の活躍でその覇権を失いつつありました。そこでアントワープのダイヤモンド業者はダイヤモンドの家系で数学者だったマルセル・トルコフスキー氏にラウンドブリリアントカットにおける光の研究を依頼します。そうして現在のトリプルエクセレントの原型となったラウンドブリリアントカットの設計図が完成するのです。

しかし、この最高グレードカットは発表された1919年から実に70年以上、人類には実現する事が出来ませんでした。1990年、アントワープのダイヤモンド加工業者で作った選抜チームのリーダー”フィリッペンス・ベルト氏”率いるトップチームが最新技術を駆使してようやく達成させるのです。フィリッペンス・ベルト氏は93年にハート&キューピッドも完成させます。これはガードルを挟んだファセットの連続性を重視して研磨する事で出現する模様ですが、誰にでも簡単に研磨状態と対称性の良し悪しが目視できるという事でたちまち人気となり世界に広まっていきます。

脱線気味ですが、話を戻しつつこの話も完結させたい~

ここまでの話でお気付きかと思いますが、ダイヤモンドを加工するカットや研磨はベルギーやニューヨーク、アムステルダムで行われています。しかし、それらの場所ではダイヤモンドは産出していないのです。ヘンリーDモース氏が活躍した1850年は日本でも大事件が起こっていました。それは黒船来襲です(1853)ペリー率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船4隻が、日本に来航した事件です。奇しくもヘンリーDモース氏も用いた蒸気機関式駆動のエンジンを搭載した最新の軍船が日本にやってきたのです。

この時世界の列強は植民地政策を進めていました。未開の地を開拓するという名目のもとに自分たちの植民地にしていったのです。日本は欧米列強からすると特殊な文化を持つ国でした。なにしろ1850年代に国民の70%までが字が読めるなど世界では考えられませんでした。そうした日本の状況を見て欧米列強はこの国を植民地にはできないと判断したのです。

それまで欧米が支配してきた地域は文化と言うものは殆どなく、土着の民族は土民のような生活を送る人々が殆どだったと言います。そのため彼等の理屈としては「自分たちの高度な文明で支配してあげた方が幸せになれる」と考えたのです。しかし、日本は軍事力こそないものの文化の成熟度は当時の世界では群を抜いていました。芸術や学問は欧米列強よりもむしろ進んでいたとする研究者も多いのです。幕府の敷いた鎖国政策で完全にガラパゴス化していた日本はココから欧米の良い所を取り入れて急成長していくことに成るのです。

そうした欧米列強の支配地域で産出するダイヤモンドが研磨地と集散地が違う理由は。。。。明日に続く!

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