BRIDGE ANTWERP > スタッフブログ > Antwerp, ダイヤモンド, プロポーズリング, 銀座, 銀座結婚指輪 > ダイヤモンドの産地と研磨地、集散地の違いについて③
銀座の結婚指輪BRIDGEのブログ

みなさんこんにちはBRIDGE銀座アントワープブリリアントギャラリーです。いよいよ壮大なテーマに成ってきてしまっている歴史的なダイヤモンドの産地と研磨地、集散地が異なる事についてですが、強で3日目です、皆様そろそろ飽きてません?大丈夫かな?という事で今日もサイドストーリーを大いに脱線させならが進めたいと思います。そして、今日こそ完結させるぞ!

1850年に浦賀に蒸気機関の最新鋭軍艦を率いて日本にやってきたペリーの黒船、欧米列強はアフリカからインド、そしてアジアを自分たちの覇権の中に組み込もうと暗躍した時代です。諸説ありますが、日本政府打倒を支援したのも一説によると欧米列強であったと言われています。お金と武器を薩摩と長州に提供して討幕を促したと言われています。そうでなければ外様大名であった薩摩の篤姫が将軍家に嫁ぐなど当時あり得なかったとする史家もいますね。

そうこうして明治維新によって日本は徳川幕府による300年もの平和な時代を経て開国しますが、300年もの間に醸成された文化芸術、食の文化や学問のレベルは世界的にも類を見ないハイレベルなものでした。特に生活インフラは下水道や電車など軍事にも直結できるものは後れを取っていたものの、それ以外は全てハイレベルだったため植民地にされずに開国を迫られるのです。この時、地図上も東の果てに日本配置する事から、世界の植民地政策の最後にやってきたへき地的な立ち位置だったのです。ヨーロッパを中心にした世界地図で日本以西はすべてどこかの国の植民地となり、韓国や中国も危険な状況でした。事実中国(清国)は1857年にはアヘン戦争を仕掛けられ多額の賠償金を課せられて国が弱体化、その後、韓国をめぐる内政問題から発生した日清戦争で日本に負けるほどに弱体化していたのです。欧米列強は外圧で国を弱らせて奴隷化する方針だったと考えられます。同時にロシアが南下政策を進める中で日本はアジア(有色人種)最後の砦の様な状況に成っていくのです。※この話の続きはその道のプロフェッショナルに詳しく聞いてください。

これと同じ様な状況で欧米列強によって支配が完了し、彼らにとって成功事例となっていたのがアフリカです。特に南アフリカはイギリスの属国で黒人は奴隷として生かされていました。そのため南アフリカのダイヤモンド鉱山や様々な地下資源の鉱山では奴隷労働が横行し搾取される人と搾取する人が鮮明に分かれていました。1900年代にアフリカの鉱山の話に出て来る黒人は居ません、完全に白人社会だったからです。そして欧米列強はダイヤモンドの基礎加工を行える地域へダイヤモンドを移動させます。それまでその希少性ゆえに加工したことのある職人が一握りしかいない事と、研究も進んでいない未知の素材ダイヤモンドからより価値の高い宝石を研磨するために試行錯誤する様に成ります。

ダイヤモンドは加工しないと宝石としての価値を発揮しません、その為、奴隷労働者にダイヤモンドの研磨面全てを研磨させることはしませんでした。これは持ち逃げを恐れての事と言われています。ダイヤモンドはアフリカで鉱脈が見つかるまで世界で産出した総量が10万カラットでした、しかし南アフリカでのダイヤモンドの一年間の採掘量は300万カラット有ったと言いますので、それまで王侯貴族だけの持ち物だったダイヤモンドが一部上流階級の人々の手にも渡って行くようになる時代です。

してグリーピング(カット)して研磨可能なサイズまで割る加工が実用だった為にダイヤモンドはグリーピング(カット)出来る職人の居る地域に移送されて加工される必要がありました。それが、ロンドンやアントワープ、アムステルダムだったのです。そしてそこで活躍していたのが世界経済の覇権を握るユダヤ人でした。アフリカで産出したダイヤモンド原石をユダヤ人は自分たちのギリギリ目の届く田舎に研磨地を置き、自分たちの住み暮らす街をダイヤモンドの取引所にしていったのです。

当時の世界の貿易における中心地、フランス・パリ、ドイツのイーダール・オーバシュタイン、イギリス・ロンドン、ベルギー・アントワープ、オランダ・アムステルダム、アメリカ・ニューヨーク、そしてイスラエル・テルアビブに取引所を置いたのです。経済の中心地で需要の高いダイヤモンド、集散地は都市、研磨地はその近辺の田舎、そして産地はアフリカ諸国だったのです。ユダヤ人が国という概念を持っていない事も世界中の国境を無視して生産体制を組んだ要因なのかもしれないですね。

それから100有余年、原産地はロシアやカナダ、オーストラリアなど新しい場所が開拓されてアフリカはフル鉱山は枯渇、閉山しました。そして、1990年頃からイギリスの租借地返還が続き奴隷解放や人種差別問題などが大きく取りあげられて奴隷労働などはほとんど解消しました。世界は有るべき姿へと変貌していっているのです。その中でダイヤモンドは、集散地や研磨地とされていた場所に若干の変化が起こっています。現在世界最大のダイヤモンド産出国はロシアです。そしてロシア産ダイヤモンド多くが中国の研磨工場で加工されます。これはロシアの支配階級の多くがユダヤ人ではないのでユダヤ人の加工ルートを使わずにダイヤモンドを仕上げる事にも起因していますね。また鉱山の老朽化や新鉱脈の発見などで供給者も入れ変わり業界刷新が加速しているのです。

という事で、最初の質問だった「イスラエル産のダイヤモンド」は産地ではなく集散地の話です。と言ことなのです。BRIDGE銀座アントワープブリリアントギャラリーで取り扱うダイヤモンドはボツワナ・デブスワナサイトで買い付けたダイヤモンド原石をベルギーアントワープの研磨職人フィリッペンス・ベルト氏が仕上げて、アントワープのマーケットから弊社へと輸入されるダイヤモンドです。

 

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