BRIDGE ANTWERP > スタッフブログ > 真珠の物語「受け継がれる何気ない平穏な日常」
銀座の結婚指輪BRIDGEのブログ

何気ない記憶を連れてくる真珠の輝き 

洗濯物を取り込みながら、ふと指先に引っかかる感触があった。
ハンガーの下に、小さな薄紅の布が絡まっていた。が作ってくれた、古いハンカチ。白地に、かすかに花の刺繍がある。端のほつれが目に留まる。
手に取った瞬間、あの春の記憶がよみがえった。

まだ中学生だった頃、遠足の朝。制服のポケットにそっとこのハンカチが入っていた。私は気づかずに家を出て、昼食のときにふと取り出して、驚いたのを覚えている。その端には、小さな縫い目で私の名前が刺してあった。母に聞くと、「なくすと困るでしょ」と笑っていたけど、本当は――ただ、何かを私に持たせたかったのだと思う。心細くないように。見えないところで、寄り添っていたかったのだろう。

私はそのハンカチを、何度も洗って、使い続けた。端がほつれても、自分で縫い直すのが下手で、ついにそのままになった。それでも捨てられなかった。
いま、そのハンカチを持つ手の下で、赤ん坊が小さな寝息を立てている。娘のために、私もいつか、何かを縫えるだろうか。

ふと、離れて暮らす母のこと思った私はハンカチを持ったまま、寝室の引き出しを開けた。タオルの奥、柔らかな布に包まれて、ひとつの小箱がある。開けると、真珠のネックレスが静かにそこにあった。

母が、嫁入りの前にくれたものだった。
「この真珠ね、ちゃんと呼吸してるのよ。お化粧みたいにね、毎日きれいにしてあげると、長く輝いてくれるの」母はそう言って、柔らかな布で一粒一粒を拭いていた。

私はその頃、真珠のことなんて気にも留めていなかった。ただ、母が繰り返すようにネックレスを撫でる手元だけを、ぼんやり眺めていた。
いま見ると、その真珠には、うっすらとくすみがある。表面の艶はほんの少し落ちて、どこか母の肌に似た温かみを帯びていた。

あの頃、台所でふたり並んで鍋の湯気を浴びながら、「人の暮らしって、続いていくもんだよ」と母がぽつりと言った日のことを思い出した。私は「なにそれ、わかんない」と笑ったけれど、母は「わかんなくていいの」と笑い返した。

事ある毎に母は、真珠の装身具を着けていた。細い首に、白い粒がゆれていた。思えば、いつもそうだった。誕生日も、法事も、ただの買い物も――母は真珠を、特別なものじゃなく、日常の一部として身につけていた。

私は、そっとネックレスを手に取った。くすんだその艶が、私の手のひらで温まっていく。
隣のベビーベッドでは、生まれたばかりの娘が静かに眠っている。まだほんの小さな命。でも、きっと彼女にも、日々の暮らしの中で手渡していけるものがあるはずだ。

ふと、指先に残っていたハンカチを見つめた。少し迷ってから、それを広げて、母がそうしていたように真珠をひと粒、ひと粒、やさしく拭き上げてみる。
布が真珠を包む感触が、どこか懐かしい。ゆっくりとこすっていくうちに、表面にあったくすみが少しずつ消えていった。
光の加減か、それとも気のせいか――真珠は、まるで本来の輝きを取り戻したように、静かに光って見えた。
その所作のひとつひとつが、母と同じだということに気づいて、思わずふっと笑ってしまった。

「……似てきたなあ、私も」

誰に言うでもなく、ひとりごとのようにつぶやいて、私はもう一度ネックレスをそっと手のひらに包んだ。
私は、ハンカチと真珠を一緒に、箱に戻した。けれど、今日からはもう少し、取り出す機会を増やそうと思う。
真珠のネックレス
母のように、何気ない日々の中で。いつかこの子の胸元にも、やわらかな光が残るように。

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