第17話:石段街でのひととき
宿に荷物を置いた後、二人は伊香保温泉の名物・石段街へと繰り出した。外へ出ると、雨は小降りになっていて、湿った空気に温泉街の情緒が一層引き立っている。風に乗って湯の香りがふわりと漂い、観光客たちの楽しそうな笑い声があちこちから聞こえてきた。
石段街の風情ある街並みを歩く二人。石畳の道の先に、ずらりと並ぶ昔ながらの温泉饅頭屋や射的場。観光客が賑わう中、大也と瑞樹はゆっくりと歩きながら、他愛もない会話で盛り上がっていた。
「この雰囲気、なんか昔のドラマに出てきそうじゃない?」瑞樹が辺りを見渡しながら言う。
「確かに。昭和レトロっていうか……ほら、あの古いラブコメ映画みたいな感じ?」
「うんうん!石段街で偶然出会った二人が、ちょっとしたハプニングで距離を縮めて……みたいな?」
「じゃあ俺たちも、そういうシチュエーションっぽく歩いてみる?」大也はおどけたように腕を組んでみせる。
「いや、それは普通に恥ずかしいでしょ!」瑞樹は吹き出しながらも、大也の腕を軽くつついた。
「こういう雰囲気、久しぶりだな」
大也は隣を歩く瑞樹に目を向けながら、石段を上っていく。
「うん、こうして二人で温泉街を歩くのって初めてじゃない?」
「そうかもな。いつもドライブでどっか行くことが多かったし。」
そんな話をしながら、二人は並んで石段を一段一段ゆっくりと登っていく。両脇には温泉まんじゅうの店や、昔ながらの射的場が並び、歩くだけで旅気分が高まる。
「そういえばさ、大也と初めて会った頃って、なんか変な話ばっかりしてた気がするんだけど……」
瑞樹が思い出したように笑うと、大也も「ああ、あの合コンのとき?」と苦笑した。
「そうそう。自己紹介で、好きな食べ物は?って聞かれて、みんな普通に『パスタ!』とか『焼肉!』とか言ってたのに、大也だけ『駄菓子のビッグカツ!』って答えてたの、覚えてる?」
「いや、あれはマジで好きなんだって!」
「もう、大真面目に語るから、最初変な人かと思ったんだから。」
瑞樹はくすくす笑いながら、ふと足を止める。視界に飛び込んできたのは「話題の伊香保クレープ」と書かれた看板。
「ねえ、クレープ食べたい!」瑞樹が嬉しそうに指差す。
「お、いいね。俺も甘いもの食べたい。」
「せっかくだし、食べてみようか?」
二人は列に並び、それぞれ好きなクレープを注文する。瑞樹は定番の3種のベリーを生クリームにたっぷりとトッピングした「伊香保クレープ」、大也は黒蜜、きなこ、わらび餅入りの「石段クレープ」を選んだ。お店のこだわりで、でき立てを味わって欲しいと、注文後に一つ一つ丁寧に作っていくので少し時間はかかるがそこがおいしさの秘密だ。
「はい、お待たせしました!」
受け取ったクレープを手に、近くのベンチに座る。
「ほら、大也。こうやってちゃんと紙で包んで……って、もう食べてるし!」
「ん?」大也はすでに一口かじっていて、もぐもぐと口を動かしていた。
瑞樹はその様子をじっと見つめ、思わずクスリと笑う。
「……かわいい。」
「は?」
「いや、大也がクレープ食べるの、なんかかわいいなって。」
「いやいや、男がかわいいとか言われても……。」大也はちょっと照れ臭そうに目を逸らす。
「だって、普段そんなに甘いもの食べないのに、こういうときはしっかり味わってるのが新鮮っていうか……」
「……まあ、美味しいからな。」
「ねえ、大也、あーんして。」
「えっ……!」
「ほら、私のクレープも食べてみて?」瑞樹が自分のクレープを差し出す。
「いやいや、人前でこれは……」
「いまさら照れるの?」瑞樹はいたずらっぽく微笑みながら、ぐいっとクレープを大也の口元に近づけた。
「……はいはい、いただきます。」
観念したように口を開け、一口食べる大也。
「……うん、うまい。」
「でしょ?私の選ぶものに間違いはないのよ。」
「じゃあ、俺のも食べてみる?」
「え?いいの?」
「ほら。」今度は大也が自分のクレープを瑞樹の口元に持っていく。
「じゃあ……あーん。」
瑞樹が素直に受け入れて一口食べると、大也は思わず笑ってしまう。
「……ん?なに?」
「もうちょっとちょうだい!」
瑞樹が自分のクレープを差し出すと、大也も素直に応じた。「じゃあ、一口な?」
そう言ってお互いのクレープを交換し、口に運ぶ。瑞樹が「ん!きなこたっぷりで美味しい!」と笑えば、大也も「黒蜜もいいよな、わらび餅がちょうどいい甘さだろ」と頷く。
なんでもないやりとりだけれど、二人の間には心地よい空気が流れていた。
「こういう時間、いいよな。」
「うん。」
瑞樹はクレープをもう一口食べて、大也の顔をじっと見つめる。
「……なに?」
「ん? なんか、こういう大也って珍しいなって。」
「どんな大也だよ。」
「いつもは思い立ったらすぐ行動!みたいな感じなのに、今日はすごくゆっくりしてるっていうか……私のペースに合わせてくれてるのかな、って。」
大也は少し照れ臭そうに、クレープをかじる。
「まあ……せっかくの旅行だし、二人で楽しみたいしな。」
瑞樹はその言葉にふんわりと微笑む。お互いを気遣いながら、心からリラックスして過ごせる時間。そういう時間こそが、二人にとって一番大切なのかもしれない。
にぎわいの中で、二人は笑いながらクレープを食べ、思い出話に花を咲かせた。
「いや、なんかこうしてると、本当に恋人っぽいなって。」
「何それ、今さら?」瑞樹はちょっと頬を赤らめながらも、満更でもなさそうに微笑んだ。
そうして二人は、甘いクレープと甘い雰囲気を味わいながら、石段街の散策を続けるのだった。
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、ブリッジ銀座のスタッフでJJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
山本健司(やまもとけんじ)大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った。お相手は高校時代からの彼女。
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