第18話 プロポーズの行方
夕食を終えた後、二人は再び温泉街へと繰り出した。
夜の石段街は昼間とは違った雰囲気をまとい、温泉の湯気がほんのりと街灯に照らされて幻想的な風景を作り出していた。
「夜の散策って、ちょっとワクワクするね。」
瑞樹が隣で微笑みながら言う。
「そうだな。昼間とはまた違った感じで、いい雰囲気だ。」
大也は心の中で鼓動を抑えつつ、ポケットに忍ばせた小さな箱をそっと指先で確認する。
(この後、伊香保神社で……よし、準備は完璧だ。)
そんな大也の緊張をよそに、瑞樹は楽しそうに周囲を眺めていた。
「ねえ、大也、あの射的やってみない?」
「お、いいな。勝負するか?」
「ふふっ、負けた方が勝った方にアイス奢りね!」
二人は童心に返ったように射的に夢中になり、その後も食べ歩きをしたり、小さな雑貨屋に立ち寄ったりと楽しい時間を過ごした。
——そして、いよいよプロポーズの瞬間へ。
石段を登り切り、伊香保神社の境内へと足を踏み入れる。
温泉街の賑わいとは対照的に、神社の境内は静かで、まさにプロポーズには理想的なロケーションだった。
大也は心の準備を整え、瑞樹に向き直ろうとした—— その時。
「きゃあー!!」
突然、賑やかな歓声が響き渡った。
驚いてそちらを見ると、神社の鳥居の下で 別のカップルが公開プロポーズ をしていた。
周囲には観光客が集まり、カメラのフラッシュが光る。
「すごい!」「おめでとう!」
歓声と拍手が境内に広がり、プロポーズされた女性は涙を浮かべながら彼の手を取り、深く頷いた。
瑞樹もその光景を見て、思わず感動したように口元を押さえた。
「すごいね……こんな場所で公開プロポーズなんて、ロマンチック。」
大也は、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
(……これは、まずい。)
もともと、この神社は縁結びのパワースポットとしても有名な場所だった。
だからこそ、ここでプロポーズする計画を立てたのだが——まさか他の誰かに先を越されるとは。
しかも、この場の雰囲気的に、今すぐ同じようにプロポーズするのは完全に「二番煎じ」になってしまう。
(ここでやるのは……ムリだ……!)
大也は唇を噛みしめた。
すると、さらに 追い討ち をかけるように ぽつっ……ぽつっ…… と冷たい感触が頬を打った。
「……雨?」
瑞樹が空を見上げた。
先ほどまで見えていた星空は、いつの間にか厚い雲に覆われていた。
そして、次の瞬間——
ザアアアアアアアッッッ!!
まるでタイミングを計ったかのように、突然の豪雨が二人を襲った。
「うわっ!?」
「ちょ、ちょっと待って、大也!傘は!?」
「持ってきてない!!」
まさかの天候急変に、二人は慌てて境内を飛び出した。
石段を駆け下り、雨宿りできる場所を探しながら、ずぶ濡れになりながら笑い合う。
「ははっ……!何これ、すごいタイミング!」
「瑞樹、走れるか?」
「うん、なんとか!」
何とか旅館の近くまで戻ってくると、雨脚はさらに強くなっていた。
二人は軒先に駆け込むと、びしょ濡れのまま肩で息をする。
「ふふっ……まさか、こんなことになるとはね。」
「まったくだよ……。」
瑞樹は、雨に濡れた前髪を指で払うと、大也をじっと見つめた。
「ねえ、大也。今夜、何か特別なことしようとしてなかった?」
大也はドキリとした。
(え……バレたか?)
瑞樹は、まっすぐに大也の瞳を覗き込む。
だが、大也はすぐに苦笑して誤魔化した。
「いや……そんなことはないよ、ただ夜の散策がしたかっただけさ。」
「ふぅん……?」
瑞樹は意味ありげに微笑んだが、それ以上は追及しなかった。
(今日のプロポーズはこの後ホテルに帰って……ダメだかもな、、、ダメだな。)
雨と、そして予想外の公開プロポーズでタイミングを完全に逃した。
しかし、大也の中には新たな決意が生まれていた。
(もう一度、仕切り直す!)
「さ、部屋に戻ろう。」
「うん。」
二人はびしょ濡れのまま旅館の廊下を歩きながら、なんだかんだで楽しい夜だったと微笑み合った。
——そして、大也のサプライズプロポーズは、次のチャンスを待つことになったのだった。
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、ブリッジ銀座のスタッフでJJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
山本健司(やまもとけんじ)大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った。お相手は高校時代からの彼女。
comment