第22話「帰り道の未来予想図」
チェックアウトの朝、伊香保の宿はまだ静けさの中にあった。
昨夜の満天の星空と、バルコニーで交わしたあの言葉たち。
まるで夢だったような夜を経て、瑞樹と大也は朝の光の中、ゆっくりと帰り支度を始めた。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
フロントでチェックアウトを済ませ、荷物を車に積み込む。
外は晴れていた。空気は少し冷たいが、心は不思議とあたたかい。
RX450hのエンジンが静かに始動し、坂を下りていく道すがら、ふたりの間には穏やかな空気が流れていた。
しばらくは音楽だけが車内に流れ、昨日までの余韻を邪魔しないように静かに包み込んでいた。
「なんかさ」
大也がふと、言葉をこぼす。
「うん?」
「今日から、ただの“彼氏彼女”じゃないんだよなぁって、改めて思って」
「ふふっ、そうだね。もう“婚約者”だもんね」
瑞樹がちょっと照れたように微笑む。
「いやー、ちょっと実感ないかも。プロポーズはしたのに、まだドキドキしてる」
「私は結構、実感湧いてきてるかも」
「お、さすが冷静派」
大也は軽く笑って、前を見た。
窓の外を流れる景色が、どこか違って見える気がする。
昨日と同じ道のはずなのに、何かが変わったような──。
「そういえばさ」
瑞樹が話題を変えた。
「いつくらいに、うちの親に報告しようか?」
「うっ……」
大也が一瞬、固まる。
「え?まさかまだ考えてなかった?」
「いや!考えてた!考えてはいたけど、タイミング難しいなって思ってて…」
「ふふ、まぁ近いうちにだよね。うちの両親、意外とこういうのサクサク話進めたいタイプだから」
「お、おう……心の準備しときます」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
そんな未来の話が、自然にできるようになったのも、昨日があったからだ。
「新居とかも考えなきゃなー」
「うん、通勤のこととかもあるし、早めに探し始めた方がいいかもね」
「じゃあ、家の内見デートとか?」
「楽しそう!でも…私、妥協しないよ?」
「ひゃー、がんばります……」
車の中、ふたりの未来予想図が少しずつ形を持ち始めていた。
大也は思う。
結婚って、ただ“形”になることじゃない。
こうして、これからのことを一緒に考えて、少しずつ積み重ねていくことなんだ、と。
瑞樹も思う。
プロポーズの瞬間がゴールじゃなくて、スタートだったんだ、と。
そして、ダイヤモンドに見守られて車はまっすぐ、未来へと続く道を走っていた。
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、ブリッジ銀座のスタッフでJJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
山本健司(やまもとけんじ)大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った。お相手は高校時代からの彼女。
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