第22話「報告第一号はやっぱりあの人」
プロポーズからわずか数時間後——。
大也は自宅に戻るや否や、スマホを手に取り、ある人物にLINEを送った。
「無事成功しました!!!!」
すると即既読がつき、「えーーーーー!?」というスタンプが連打されたあと、画面いっぱいに“おめでとう”の文字が飛び交う。
送信主はもちろん、瑞樹の親友・茜だった。
「いやーーーついに!やったね、大也!泣けるぅぅ!!!」
と、テンションの高いボイスメッセージまで飛んでくる。
瑞樹もすぐに報告してと言われていたが、「直接会って伝えたい」という思いから、数日後に二人で会う約束をしていた。
もちろん、プロポーズの事を茜は分ってはいたが、知らないふりを装って瑞樹と会うことにした。
――プロポーズから数日後。
その日は午後から晴れの予報だったが、午前中の空はまだ少しグレーがかっていた。瑞樹は、渋谷のカフェで茜と待ち合わせをしていた。
週末の午後、春の気配が少しずつ近づく中、テラス席の風が心地よく感じられる季節だった。
瑞樹はほんの少し緊張しながら、テーブルの向かい側に座る人物を待っていた。
しばらくして、パキッとした赤のジャケットに黒いパンツ、快活な笑顔を浮かべながら、あの人が現れた。
「待ったー? ごめんごめん、ちょっと地下鉄の出口間違えてさー」
「ううん、大丈夫だよ」
笑顔を作って応えるけど、どこか落ち着かない瑞樹を、茜はすぐに察した。
「なんかさ、今日のみずき、ちょっと…いや、だいぶソワソワしてない? なに? なんかやらかした? それとも…」
じっと瑞樹の目をのぞき込むようにして、からかうような笑みを浮かべた。
「……なんでもないよ。普通、普通」
「ふーん?」
しばらくは他愛もない話で盛り上がった。仕事のこと、最近観た映画、気になる新作スイーツ――
「てかさ、旅行どうだったの?ちゃんと温泉入った?浴衣で写真撮った?ていうかー…なーんか今日の瑞樹、雰囲気ちがうんだけど?」
「え?そ、そうかな?」
瑞樹は動揺を隠すように笑ってアイスカフェラテを一口すする。
「いや、わかるって。なんかこう……内側からぽわ~ってあったかい感じ?うん、間違いない。」
茜は、時折ちらちらと瑞樹の手元に視線を送っていた。テーブルの下、コーヒーカップを持つその指先に。
「なにそれ(笑)」
茜が突然声をあげて、瑞樹の手元に目を留めた。
カップを持ったその左手――薬指には、ひときわ輝くダイヤモンドリングが。
「ねえ、瑞樹さん。左手のそのキラキラさ…なんだっけ?」
瑞樹の手が止まった。カップの中で微かにコーヒーが揺れる。
「……あ。」
「……それ、つまり、そういうことでいいんだよね?」
いたずらっぽい笑顔。目を丸くして、それでもどこか優しくて。
瑞樹は少しだけ照れくさそうに、小さくうなずいた。
瑞樹はドキリとして手を引こうとしたが、茜がすかさず手をつかんでグイッと引き寄せた。
「これ、絶対そうじゃん!もう、言いなさいよ!いつ?どこで?どんな感じ?てか、やったね瑞樹ーっ!」
「うん。……大也から、ちゃんと、プロポーズされたの。伊香保で」
「うっっっそぉーーーーー!!!」
茜の声がカフェ中に響き渡り、周りのテーブルの人が一斉にこちらを見る。けれどそんなの気にしない。
「なになに!? どうやって!? 膝とかついた!? セリフは!? 感動モノ!? ドタバタ系!?」
質問ラッシュに瑞樹は思わず吹き出す。
「えっと……」
瑞樹がようやく口を開いた。
「伊香保の……神社の境内で、夜にね。雨が上がったあとの星空がすごく綺麗で、静かで……」
「きゃー!ドラマみたい!てか大也くん、やるときゃやるじゃん!」
「ほんとに。ちょっとびっくりするくらい、不器用だけど一生懸命で……」
思い出してふと目元が緩む瑞樹。それを見た茜は、にんまりと笑って言った。
「もー、顔に出すぎ。完全に”恋する乙女”じゃん。」
「……うるさい。」
「で、指輪のときってどうだったの?言われたセリフとかあったでしょ?“結婚してください”とか、あれでしょ?」
「ちょ、やめてよ。言わないし!」
「えー!せっかくの報告第一号なんだから、ちょっとくらいサービスしてよ~!」
瑞樹は恥ずかしそうに顔をそむけたが、しばらくして小さく言った。
「……ちゃんと、“結婚してください”って言ってくれたよ。」
「うわー!素敵じゃん!まじで……泣きそうなんだけど……」
ふざけながらも、茜の目元も少しうるんでいた。
「なんか、さ。瑞樹がちゃんと幸せになってくれるってわかると……ほんとに、嬉しいよ。」
「ありがとう、茜……ずっと見ててくれたもんね、私のこと。」
「そりゃね。高校のときから一緒にバカやってきた仲だから。」
「……ちゃんと、大也くん、やってくれて。ずっと応援してたんだよ、ほんとによかったね、瑞樹。」
「ちょ、やめて!泣くから!」
そんな二人の笑い声が、渋谷のカフェにほっこりと響いた。
茜は手を叩いて笑ったあと、ふとまじめな顔になって瑞樹の手をそっと取る。
「……ほんと、安心した。瑞樹には、絶対幸せになってほしいからさ」
「もう、泣かせ過ぎってか、、、泣きすぎ……!」
お互いに笑って、涙ぐんで、そして再び笑った。
この人に最初に報告してよかった――瑞樹は心からそう思った。
会計を済ませて外に出る頃、空は少しオレンジがかっていた。
並んで歩く二人の影が、まるで高校生の頃のように寄り添っていた。
「さ、次は私の番かな~? いい出会い、ないかなぁ?」
「茜はそのままでいて。絶対いい人に出会えるよ」
話しながら、瑞樹の中にあふれ出す幸福感。
茜となら、どんなに恥ずかしいことも素直に話せる。
照れながらもプロポーズの一部始終を語るうちに、茜は両手を合わせてうっとり。
「んもう……本当にロマンチック。いい男捕まえたね、瑞樹」
「うん。そう思う」
「じゃあもうさ!結婚式の二次会は私に任せなさい!え、どう?ドレスコードは全員“ホワイト”とかさ!DJブース作る?!」
「あ、あの……まだ何も決まってないんだけど(笑)」
「だからこそ私がいるのよ。あんたたちの幸せの演出、任せなさいってば!」
その勢いにちょっと引き気味になりつつも、瑞樹は心から嬉しかった。
自分の幸せをこんなにも喜んでくれる親友がいる——それが、なによりの宝物だと。
一方その頃、大也はリビングで茜からのテンション高めなLINEを受け取りながら、次のステージを思ってソワソワしていた。
「じゃあ次は……ご両親へのご挨拶ね!」
その一文を読んだ瞬間、スマホを持つ手が止まる。
「うっ……そこか……」
プロポーズという大イベントを乗り越えた直後とは思えないほど、胃のあたりにずっしりと重みを感じる。
“俺、ちゃんとできるかな……”
そんな彼の不安にまだ瑞樹は気づいていない——。
一人の女性として大人になり、人生の新しい扉を開けた瑞樹。
でも、変わらず傍にいてくれる茜の存在は、これからもずっと心強い味方であり続けるに違いない。
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、ブリッジ銀座のスタッフでJJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
山本健司(やまもとけんじ)大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った。お相手は高校時代からの彼女。
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