第20話:涙と笑いのプロポーズ
バルコニーの手すりにもたれかかりながら、大也は深く息を吸い込んだ。夜の静寂の中、遠くで虫の音が聞こえる。瑞樹は隣でそっと寄り添い、満天の星空を見上げていた。
「……瑞樹。」
大也はゆっくりと彼女の名前を呼んだ。瑞樹がそっと振り向く。
「ん?」
その瞳が、大也をまっすぐに捉えた。
「俺さ……瑞樹と出会って、付き合って、今日までいろんなことがあったけど……」
大也は言葉を選びながら、必死に気持ちを紡ぎ出していく。
「正直、最初は結婚なんてまだ先のことだと思ってた。でも、瑞樹と一緒にいるうちに、考えが変わったんだ」
そう言いながら、大也はポケットに手を突っ込み、そこに指輪があるかのように確かめた——が、もちろんそこにはない。荷物の中にしまってあることをまだ思い出したが、それどころではない。
「ずっと、ちゃんと伝えたかったんだ。俺さ、瑞樹と出会ってから、本当にいろんなことがあったよな。」
瑞樹は微笑んで頷いた。「そうだね。」
「最初はただ、一緒にいると楽しくて、瑞樹のことをもっと知りたいって思ってた。でも気づいたら、瑞樹がいることが俺の当たり前になってたんだ。」
大也は一度視線を落とし、拳をぎゅっと握る。
「結婚って、なんとなく遠いものだと思ってた。でも、お前と一緒に過ごすうちに、そうじゃないって気づいた。楽しい時も、ケンカした時も、お前といる時間が俺にとってどれだけ大切か、気づいたんだよ。どんなにくだらないことで笑っても、落ち込んだ時に隣にいてくれるのが、瑞樹じゃなきゃダメなんだって瑞樹となら、この先の人生を歩んでいける。いや……一緒に歩いていきたい。」
瑞樹は真剣に大也を見つめ、ゆっくりとうなずいた。
大也は深く息を吸い込んだ。そして、瑞樹の手をぎゅっと握り決意を込めて一歩前に出る。
「だから——俺と結婚してください」
その言葉に、瑞樹の目がうるんだ。彼女はしっかりと大也を見つめ、笑顔で答える。
「……はい。」
短い返事。それでも、その声には確かな想いが詰まっていた。
一瞬、世界が止まったかのような感覚がした。
——受け入れてくれた。
大也の胸にじわじわと熱いものが込み上げてくる。
「よかった……」
安堵の息を漏らす大也。
しかし、次の瞬間、何かを思い出したようにハッとした。
「あっ……指輪!!」
一瞬、時間が止まったかのように、二人はお互いを見つめ合った。
大也の顔が青ざめた。
「指輪!指輪が!」
慌てて部屋の中へ駆け込む大也。
「あれっ!?どこにしまったっけ!?」
スーツケースを開けたり閉めたり、カバンの中をひっくり返したり、必死に探す大也の背中を見て、瑞樹は思わず吹き出してしまう。
「ちょっと、大也!落ち着いて!」
「いや、ここでスマートに指輪渡す予定だったのに……!」
必死な姿がなんとも大也らしくて、瑞樹は可笑しくてたまらなかった。
ようやく指輪の入った箱を見つけ、息を切らしながらバルコニーに戻ってきた大也。

「ほ、本当はさっき渡すつもりだったんだけど……」
「はぁ、はぁ……これ!」
汗をかきながらも、手のひらの上で指輪の箱を開け、瑞樹に差し出した。
瑞樹はクスクスと笑いながら、その指輪をそっと見つめた。そして、大也の手を取り、優しく言った。
「ありがとう、大也。」
大也は、ブリッジ銀座で教わった通りに、ぎこちなくも丁寧に指輪を瑞樹の薬指へと滑らせる。
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