第21話 「新しい朝」
温泉宿のバルコニーテラスで、大也と瑞樹は静かに夜を過ごしていた。
雨が上がった後の空気は澄んでいて、星々がまるで祝福するかのように輝いている。
大也は瑞樹の手を握ったまま、何度もその指輪を眺めた。仮のデザインとはいえ、彼女の薬指に光るダイヤモンドは本物でそれが、こんなにも現実味を帯びて見えることに驚いていた。
「なんかさ……」
大也がぽつりと口を開く。
「結婚しようって決めた時と、実際にプロポーズしてOKもらった今じゃ、見える景色が全然違うんだよな」
「どう違うの?」
瑞樹は優しく問いかける。
「上手く言えないかもだけど、、今まで『結婚したい』っていうのは、どこか頭の中の話だったんだ。でも、今はこうして現実になったんだよな。瑞樹が俺のプロポーズを受けてくれて……そしたらさ、なんか、世界が変わった気がするんだ」
大也はバルコニーの向こうに広がる夜の山々を眺めながら、しみじみと言葉を紡ぐ。
「ああ……例えばさ、さっきまでただの星空だったのに、今は——なんていうか、これから瑞樹と一緒に過ごす未来の一部に見えるというか」
大也は自分でもうまく言葉にできずに、ぼんやりと空を見上げた。
「今までは、自分が結婚を決意したって思ってた。でも、実際にお前に想いを伝えて、受け入れてもらって初めて、ほんとの意味で『結婚するんだ』って実感した。そしたら、不思議と自分が一回り大きくなった気がするんだよな」
「覚悟の深さが、物の見え方を変える……ってこと?」
瑞樹は、大也の言葉をゆっくりと噛みしめるように繰り返した。
「そうかもな。たぶん、俺はまだまだ未熟なんだろうけど、それでも、お前と一緒に生きていくって決めたことで、少しは成長できたのかもしれない」
瑞樹はそっと微笑んだ。
「大也は、ちゃんと大人だよ」
「いやいや、さっき指輪探してバタバタしてた男が?」
「ふふっ、そういうところも含めてね」
瑞樹は、大也の手をそっと握った。
「でもね、私も同じ気持ち。結婚が決まったっていう現実に、ワクワクしてるの。今までの私の人生にはなかった、新しい未来が待ってるんだなって思うと——すごく楽しみ」
お互いを見つめ合いながら、二人は少しの間、無言でその感覚を共有した。
瑞樹は小さく笑って、大也の肩にもたれかかった。
「でも、大也らしいね。そういうこと考えるの」
「え、何が?」
「最初は勢いで突っ走るのに、いざ現実になったら妙に真面目に悩むところ」
「う……そんなことない、とは言えないかも」
瑞樹がクスクスと笑う。
「でもね、私は大也となら、きっと大丈夫だと思う」
瑞樹の言葉には、不思議な安心感があった。
「これから色々あると思うけど、焦らず一つずつ、一緒にやっていこうよ」
「……うん」
大也は瑞樹の髪をそっと撫でながら、その温もりを感じた。
彼女の存在がこんなにも安心感を与えてくれるなんて。
「瑞樹、ありがとう」
「ううん、私のほうこそ」
ふと、大也が思い出したように言った。
「そういえば、ブリッジ銀座の古田さんが言ってたんだけどさ、」
「何の話?」
「ダイヤモンドのことさ。人間の感情や記憶は変わっていくけど、ダイヤモンドは変わらない。だからこそ、そこに込めた想いを永遠に閉じ込めることができる——って」
瑞樹は、薬指の仮の指輪をそっと撫でた。
「うん……私たちの”今の”この気持ちも、このダイヤモンドが見守ってくれるんだね」
「そういうことだな」
「・・・・え?古田さん??って」
瑞樹が目を瞬かせる。
「うん。そのダイヤモンドを買ったお店の人なんだけど、すごく親身になってくれてさ、ダイヤモンドの話もたくさんしてくれたんだ。『ダイヤモンドは何十年、何百年も変わらず輝き続ける』ってさ。だから、二人の思い出も、この不変なダイヤモンドがずっと見守ってくれるって——」
その言葉を聞いた瞬間、瑞樹は何かに気づいたように大也の顔を見た。
「……! その古田さんって、もしかして茜の友達?」
「え?」
「先日、茜と一緒にご飯食べたときに紹介された子! まさか……そんなところで繋がってたなんて!」
瑞樹の驚きの声に、大也も驚く。
「えっ、マジで? そんな偶然あるのか?」
「だって、あの時古田さん、私に何も言わなかったよ!? 知ってたら気づいちゃうかもしれないのに……」
瑞樹は呆気にとられながらも、次第にその事実が嬉しくなってきた。
「……みんな、優しいね」
「本当にな」
二人はしみじみと頷き合った。
瑞樹の親友の茜、大也を支えてくれた古田。気づかぬうちに、たくさんの人たちが二人を見守り、そっと背中を押してくれていた。
「俺、すごく恵まれてるよ。瑞樹と出会えたことも、茜や古田さんと繋がってたことも……全部が偶然のようで、必然だったのかもしれないな」
「うん、そうかもね」
瑞樹は指輪をそっと撫でながら、心からの笑顔を見せた。
夜は更け、二人はずっとテラスで語り明かした。
二人はそのまま、眠くなるまで静かに語り合った。
—そして、朝が来る—
窓から差し込む朝日が、柔らかく部屋を照らしていた。
瑞樹が目を覚ますと、大也がすでに起きていて、バルコニーから外を眺めていた。
——結婚するんだな。
改めてそう思うと、胸がじんわりと温かくなった。
「おはよう、大也」
瑞樹がそっと声をかけると、大也はゆっくり振り返り、朝日を受けながら眩しそうな顔で瑞樹を見つめた。
「おはよう、瑞樹」
「新しいスタートの日、だね」
「そうだな」
大也は、少し照れくさそうに微笑んだ。
今日からまた、二人の新しい物語が始まる——。
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、ブリッジ銀座のスタッフでJJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
山本健司(やまもとけんじ)大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った。お相手は高校時代からの彼女。
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