第27話:ダイヤモンドは永遠の輝き
晴れた土曜の午後。春の風が銀座の街角をふわりと撫で、道行く人々の足取りもどこか軽やかだった。
「なんか、久しぶりだ、、でも、あの時とはまた気分が違う」
そう言いながら、大也は瑞樹の左手に目をやった。そこには、あのプロポーズの日にもらったダイヤモンドの指輪が、今も静かに輝いている。
「ちょっと緊張するかも」
「前も会ってるじゃん、古田さんに?大丈夫だよ。俺なんてもう、古田さんに顔覚えられてるし」
「うん、でも……今日は正式なデザイン決める日だもん」
瑞樹がそう言うと、大也はにやっと笑った。
彼にとっては、すでに心は決まっていた。あとは瑞樹が選ぶだけ。それでいい。
今日が、プロポーズの”その先”にある、大切な一日になることを大也もよく分かっていた。
「ここが、あの『BRIDGE』ね……」
瑞樹は少し緊張した面持ちで、目の前にあるジュエリーショップを見上げた。
「そう。俺が……ひとりで来たところ」
「うん。なんか、ちょっとドキドキするね」
入り口のドアを押すと、高級感のある内装と、それでいてどこか温もりを感じる空気がふたりを迎える。中から現れたのは、気品と柔らかさを併せ持つ女性スタッフ——古田あやかだった。
「あっ、大也さん!そして……瑞樹さん!」
「おかえりなさいませ、おふたりとも!待ってましたよ〜!」
「こんにちは。またお世話になります」
瑞樹がぺこりと頭を下げると、あやかはまるで親戚の娘を迎えたおばさんのように手を取って喜んだ。
「もうずっとお話を聞いていたので、なんだか勝手に親近感が湧いていて……あの日のこと、どうだったんですか?プロポーズ!」
古田が目を輝かせる。大也は少し照れたように目をそらしながらも、「まあ……なんとか」
「えー、ちょっと、それだけ?もっと何かこう、感動的なエピソードとかないんですか?」
あやかが思わず身を乗り出すと、瑞樹は頬を染めてふふっと笑い、小さく息を整えた。
「そうなんです……実は、伊香保温泉で」
瑞樹が少しずつ、プロポーズまでの出来事を語り出した。
大也は肩をすくめるように「まあ、特別なことはしてないよ」と言ってみせたが、瑞樹はすかさず言葉を繋いだ。
「ううん。すごく特別だったんです」
古田の瞳がきらりと光る。「ぜひ聞かせてください!」
瑞樹は頬をほんのり赤らめながら、伊香保温泉での出来事を語りはじめた。
「初日は、実はサプライズのタイミングを逃したらしくて……」
「そうそう、雨が降ってね。他の人が先にサプライズしちゃって」
「えっ、それ気まずいやつじゃないですか!」
「でも、その夜中にね。宿のバルコニーで、ふたりだけの時間があって……」
夜の静寂と温泉街のほのかな灯り、そして、大也のぎこちないほど真剣なまなざし。瑞樹はその時感じた胸の高鳴りを思い出していた。
「『結婚しよう』って。シンプルだけど、その言葉が一番、響いたんです」
古田は目を細めて、うんうんと何度も頷いた。
「最高です。それがいちばんの宝物ですよ。ダイヤモンドの輝きは、【思い出の輝き】には敵わないんです」
ふと、ショーケースの中に目をやると、光を反射して繊細に輝くリングの数々が並んでいた。瑞樹の目がある一点で止まった。
「このデザイン……」
それは、雪解けの水が流れるような滑らかな曲線。華美すぎず、それでいて確かな存在感があった。
「それ、【ゆきどけ】っていうんです」
古田が説明を添える。
そこから二人で店内をゆっくり見て回って最終的に3つのデザインに絞って再びソファ席へ
瑞樹は、目の前に置かれたリングのトレイにそっと目をやった。そこには、3つの美しいデザインが並べられていた。
——ブリッジの「ゆきどけ」
——アントワープブリリアントの「シリウス」
——インフィニティラブの「サンフラワー」
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どれも甲乙つけがたい、美しいリングたちだった。
「どれも魅力的で、正直迷っちゃいますよね」と古田が言うと、大也も頷いた。「俺は……どれでも瑞樹に似合いそうだなと思う」
瑞樹は指をひとつひとつのリングに滑らせるように眺めながら、ふと「ゆきどけ」に目を留めた。
「……これ、素敵。なんか……この“ゆきどけ”って名前だけで、ちょっとグッとくる」
「“急がず怠けず、ただしっかりと”……春の雪解けが、ゆっくりと大地にしみ込んで、美しい水となって湧き出る……。そんなコンセプトなんです」
古田の優しい声が、店内に穏やかに響いた。
瑞樹は、思い出した。伊香保で感じた春の風、宿のバルコニーで聴こえた夜の静けさ。大也が震える声で語った「結婚してください」という言葉。そこには急がず、でも確かに歩いてきたふたりの3年間があった。
「その時、実は手が震えてて、すごく大也らしくて。なんか、うまく言えないけど……“この人となら、ちゃんと未来を歩いていける”って、そう思ったんです」
その言葉に、あやかは目を潤ませながら、「最高……」とつぶやいた。
「そういう気持ちが、このダイヤモンドに宿ってるんです。」
「ダイヤモンドは永遠の輝き。その永遠の輝きに思い出を閉じ込めるお守りなんですよ。」
あやかは瑞樹の左手をそっと取り、ダイヤの輝きを見つめながら言った。
「このダイヤは……私たちの思い出が詰まってるんですね」
瑞樹がそっと言うと、古田はふわりと笑みを浮かべた。
「その気持ちこそが、世界に一つだけの宝物です。だからこそ、おふたりの歩みを象徴するこの“ゆきどけ”は、ぴったりだと思います」
大也が小さくうなずいた。「……たしかに、そうかもしれない。俺たち、少しずつ、ちゃんと歩いてきたからな」
「あと、、、、”ゆきどけ”の曲線のタイプ、瑞樹に似合うかもな」
大也がぽつりとつぶやくと、瑞樹は驚いたように顔を上げた。
「……そんなの、言えるんだ」
「たまには言うさ。今日は特別だから」
そう言って、少し照れくさそうに笑う大也。
「ふふ。じゃあ、私も今日は特別に言っちゃうけど……大也のそういうところ、すごく好き」
小さく目を合わせて笑い合うふたりを見て、あやかは「もう、こっちが照れちゃうわ」と冗談めかして言いながらも、どこか本当に心から嬉しそうだった。
「これにしよう」
瑞樹は静かに、でもはっきりと指を差した。
「“ゆきどけ”で」
古田は目を細めて、嬉しそうに微笑んだ。「ありがとうございます。ご納得いただけて、私も本当に嬉しいです」
そして、3人は顔を見合わせ、自然と笑顔がこぼれた。
瑞樹は、そっと大也の手に自分の手を重ねる。
「ここからもまた、ゆっくり、しっかりと歩いていこうね」
大也は頷き、瑞樹の手を優しく握り返した。
そして、瑞樹の瞳に、ほんの少し光るものが浮かんだのを古田は見逃さなかった。
「だから、今日はその“気持ち”を形にしていく作業になりますよ。世界でたった一つの、あなたたちの宝物を仕上げていきましょう」
指輪の輝きが、ショーケースの中のライトを受けて、瑞樹の瞳の中でキラキラと反射する。それは、たしかに“宝石”としての美しさ以上のものをたたえていた。
あの日の海風、あの時のドキドキ、プロポーズの瞬間の温度、そして、これから始まる未来――
すべてがこの小さなリングに、静かに閉じ込められていた。
そして、大也と瑞樹は、手を取り合ってまた一歩、ふたりの物語を進めていく。
ダイヤモンドのその先にある未来へと。
登場人物
大越大也(おおこしだいや):埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。先日多数の友人の助けを借りてプロポーズを成功させ新しい人生の岐路に立っている。
松本瑞樹(まつもとみずき):神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。先日大也からのプロポーズを受けて晴れて婚約者になった。
瑞樹の友人の茜(あかね):29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有りる二人の応援団。
茜の友人古田あやか(ふるたあやか):茜の大学時代の友人、ブリッジ銀座のスタッフでJJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている世話好きなキャリアウーマン。
山本健司(やまもとけんじ):大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った結婚に関する先輩。お相手は高校時代からの彼女。
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