第四話:休日ボッチ
休日の朝、大越大也は何となく部屋のカーテンを開け、窓の外を見た。雲一つない青空が広がっている。ドライブ日和だな、とぼんやり思った。
瑞樹との会話がぎくしゃくしてから、少し連絡を控えていた。特に喧嘩をしたわけではないが、言葉の端々にすれ違いがあったことは明らかだった。
「……よし、行くか」
思い立ったらすぐ行動。これが大也の性格だった。スマホのナビをセットし、中古で買ったレクサスRX450hのエンジンをかける。お気に入りの曲をスポティファイで流しながら、高速道路へと車を走らせた。
行き先は決めていなかった。気の向くままにハンドルを切り、気づけば秩父の山道を登っていた。瑞樹とのすれ違いを考えないようにしていたのに、車を走らせるうちに、どうしても彼女との思い出が蘇ってくる。
出会いは三年前の春だった、
大学の友人に誘われた飲み会で初めて瑞樹と出会った。落ち着いた雰囲気の中に芯の強さを感じる彼女に、大也は一瞬で惹かれた。
「趣味は?」と聞いたとき、彼女は少し微笑みながら「カフェ巡りと韓国アイドルが好きかな」と答えた。
「韓国アイドルか……全然詳しくないけど、おすすめある?」
「うーん、今度一緒にMV観る?」
そう言ってくれたのがきっかけで、何度かデートを重ねるうちに自然と付き合うことになった。大也は、瑞樹の慎重で計画的な性格と、自分の行動力重視の性格が意外にもかみ合っていることを感じていた。
付き合い始めてからも、二人の違いは時折ぶつかることがあった。たとえば旅行の計画。瑞樹は綿密にプランを立てたがるが、大也は「行き当たりばったりでも楽しいだろ?」というスタンスだ。最初の頃は瑞樹が「ちゃんと決めておこうよ」と困惑していたが、次第に大也の自由な発想に慣れてきた。
逆に、大也は瑞樹の慎重なところに助けられることも多かった。衝動的に行動しがちな自分にとって、瑞樹の冷静な判断は時にストッパーとなり、時に安心感を与えてくれるものだった。
それがこの前のデートにも有ったことだが、ここ最近、瑞樹の態度が少し変わった気がする。結婚の話題が出るたびに、大也の曖昧な態度に瑞樹はどこか寂しそうな表情を見せることが増えていた。
「大也は、結婚とかどう考えてるの?」
先日の会話を思い出していた、大也にとっては何気ない会話の流れでそう聞かれた感じだった。
「うーん、まあ、タイミングかな?」
引合いに出た韓国映画の様には出来ないと自分に重ねることなく無難に答えたつもりだったが、瑞樹はそれ以上何も言わず、小さく微笑んだだけだった。明らかに期待した回答ではないようなその笑顔が、どこか寂しげだったのを今でも覚えている。(30歳までに結婚することが大事……か)瑞樹が何気なく口にしていた言葉が頭の中で反芻される。自分と結婚する未来をちゃんと考えてくれているのか、、、自分が結婚する未来、、、。
「タイミングが……」
あの時、自分が言った言葉を思い出して、思わず苦笑する。瑞樹にとっては、タイミングではなく気持ちの問題だったのだろう。
ドライブを続けるうちに、大也は湖のほとりに車を停めた。バス釣りのポイントとして有名な場所だったが、今日は竿を持ってきていない。ただ、湖をぼんやり眺めていた。一人ぼっちという事もあるけどお気に入りのスポットでも何か物足りない、、、
(やっぱり、俺には瑞樹しかいないんだよな……)
一緒にいる時間は落ち着くし、彼女の笑顔を見るだけで幸せな気持ちになる。それなのに、結婚となると慎重になってしまうのはなぜなのか。
「……俺、怖がってるのか」
自分の気持ちにようやく気づいた。行動力のある自分が、結婚という大きな決断の前では、迷ってばかりいた。
でも、それは瑞樹のことを本気で大切に思っているからこそなのかもしれない。
(だったら、俺がすべきことはひとつだ)
大也はスマホを取り出し、思いつくままにメッセージを送った。
『釣りのポイントに来たけど竿忘れちゃって……』
すぐに瑞樹から返信がきた。
『ぷっ、大也らしいね!そういえば前も、私の誕生日に予約したレストランの名前忘れて店の前でオロオロしてたよね(笑)』
大也は思わず苦笑した。そんなこともあったな、と。
続けて、もう一通メッセージが届いた。
『なんで一人で行ったの??私も連れてけ!』
無邪気な言葉に、大也の胸がじんわりと温かくなった。
(俺、考えすぎてたのかもな……)
瑞樹は怒っているわけではなく、ただ、少し寂しかっただけなのかもしれない。なのに、自分は余計に距離をとってしまっていた。
大也はゆっくりとスマホを握りしめ、返信を打ち込んだ。
『じゃあ、次の週末、どこか一緒に行こうか!』
送信ボタンを押し、湖面に映る空を見上げるとちょうど米津玄師の「がらくた」がスポティファイお気に入りランダム再生から再生され、歌詞の内容があまりにも自分たちに重なるのにちょっと苦笑して歌を口ずさみつつゆっくりと車を発進させたのだった。
第1話「休日のカフェ、揺れる想い」
第2話「秘密の準備」
第3話「すれ違い」
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、JJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
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