第25話:逆に緊張する!? 大也の実家へ
「じゃあ、そろそろ出発しようか」
土曜の朝、大也の声に瑞樹は軽くうなずいた。助手席に乗り込んだ瑞樹は少し緊張した面持ちで、窓の外に視線を送る。行き先は、大也の実家。埼玉・大宮にある彼の実家に、正式に“ご挨拶”に伺う日だ。
「緊張してる?」
大也がちらりと笑いながら聞くと、瑞樹は苦笑いで返した。
「そりゃするよ。だって大也のご両親に会うの、ちゃんとした形では初めてだもん」
「うちはそんなにかしこまらなくて大丈夫だよ。母親なんて“彼女できたの!? わぁー早く会いたい〜!”って電話で言ってたし」
「え、めっちゃフランクじゃん……そう言って、結構厳しかったりしない?」
「いやいや、本当にゆるいから(笑)」
そう言って笑う大也の表情に、瑞樹も自然と笑顔になる。
高速道路に乗り、流れる景色を眺めながら、ふたりは少しずつ緊張をほぐしていった。
大也の実家は、閑静な住宅街にあった。赤い屋根の二階建てで、昔ながらの玄関がなんとなく落ち着く。
「ただいまー」
「はーい! あらっ、瑞樹ちゃん!? いらっしゃーい!」
勢いよく玄関まで飛び出してきたのは、大也の母・恵子だった。エプロン姿で、いかにも“家庭的なお母さん”という雰囲気がある。
「は、初めまして。松本瑞樹と申します。本日はよろしくお願いいたします」
瑞樹が丁寧に頭を下げると、恵子は「あらまぁ〜! なんて可愛い子なの!」と満面の笑みで出迎えた。
「もうね、大也の彼女って聞いてどんな人かと思ったけど、想像の三倍は上品で綺麗! 大也にはもったいないくらいだわ!」
「お母さん、ちょ、やめてって……」
奥からは「まぁまぁ、うちは気楽なもんだよ」と笑いながら大也の父・光男が現れる。スラックスにポロシャツというラフな出で立ちだが、その佇まいはどこか厳格さも感じさせた。
「初めまして。瑞樹です。今日はお時間いただきありがとうございます」
「どうもどうも。まぁまぁ、緊張しなくていいから。うち、そういうの全然気にしないから」
そう言って笑った光男だったが、じっと瑞樹の目を見て小さく頷いた。
昼食は手作りの和食が並んだ。煮物、天ぷら、赤飯、味噌汁、そして自家製ぬか漬け。
「わぁ〜すごく美味しそうです!」
「たくさん食べてね! 瑞樹ちゃん好き嫌いある?」
「いえ、なんでも大好きです!」
「じゃあ大也と一緒ね! あの子、昔から何でも食べるの、、、あれ野菜はちょっと苦手だったかしらね?ほら、あんたも手伝って!」
「大也は小さい頃ねぇ〜、全然野菜食べなくて!口の中に入れて泣いてたのよ(笑)」と母が思い出話を披露。
「ちょっ…それ今言う!?」
笑い声に包まれて二人の緊張も徐々にほぐれていった。
「いっぱい食べてね。大也が『料理が上手』って言ってくれて嬉しくて張り切っちゃったの〜」
「……えっ? 俺そんなこと言ったっけ?」
「言ってたじゃないの!この前の電話で!」
「……ああ、言ったかも」
大也は苦笑いしながらも、瑞樹の隣に座る。その様子に、瑞樹も思わずクスッと笑ってしまった。
大也の家族は明るくて、自由で、そしてちょっと騒がしい。それが妙に心地良かった。
一方、恵子はというと、瑞樹のしっとりとした話し方や所作にすっかり惚れ込んでしまった様子で、「瑞樹ちゃん、いつでも遊びに来てね〜! 温泉行く? 一緒に行こっか?」と盛り上がっている。
「うちの両親とだいぶ雰囲気違うでしょ?」と、大也がこっそり笑う。
「うん……でも、すごくあったかい。安心するっていうか……」
「よかった」
「まぁまぁ、堅苦しいことは抜きで、うちは気楽なもんだから」
父・光男の落ち着いた低い声、けれどその言葉には優しさがあった。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
瑞樹が一礼すると、光男は「…ふむ」と少し頷いて瑞樹の顔を見つめた。
「落ち着いた人だね。……大也、いい人を見つけたな」
そのひとことに、大也は一瞬だけ照れたように笑った。
「だろ?」
「うん、瑞樹さん、本当にきれいだし、しっかりしてるし。うちの子がどうかしらって心配してたけど、安心したわ〜」
母の恵子はすっかり“親戚のおばちゃんモード”で、瑞樹と並んで料理の話から旅行の話まで、ひとしきり盛り上がった。
食事も終わり、お茶を飲みながら談笑する中、大也がふと真剣な表情になった。
「父さん、母さん。今日は、ひとつ伝えたいことがあって……」
ふたりの視線が静かに彼に向けられる。
「この人と、瑞樹と、結婚するつもりです。まだ具体的な式の日取りはこれからだけど、僕の人生のパートナーとして、彼女を迎えたいと思っています」
しばしの沈黙の後、恵子が真っ先に「まぁ〜! 嬉しい! やっぱりそういうことだったのね!」と手を叩いて喜びを爆発させた。
光男は腕を組んで、ふむ……と一息つきながら、ゆっくりと頷いた。
「そうか。うん、そうか。瑞樹さん、うちの大也をよろしく頼むな」
瑞樹も深く一礼して「こちらこそ、よろしくお願いいたします」と答えた。
その夜。
客間でひと息ついていた大也の元に、父・光男が入ってきた。二人でテーブルを挟んで、缶ビールを手に向かい合う。
「さっきの話、立派だったな。堂々としてた」
「……いや、緊張してました。瑞樹のご両親のときより、逆に」
「はは、まぁ、実家ってそういうもんだ」
光男は缶を軽く開け、ひと口飲んでから静かに言った。
「結婚ってのはな、“家”がふたつ繋がるってことだ。今の時代、男女平等って言葉ばかりが先にくるがな……俺はそれでも、男が女を守ってこそ、一家ってのは成り立つと思ってる」
「……はい」
「守るってのはな、稼ぎだけじゃない。日々の言葉、行動、思いやり。女が不安にならないようにすること。それが守るってことだ」
静かに語る父の言葉に、大也は黙って耳を傾けた。照れくさいけれど、どこか身に染みる。普段あまり多くを語らない父の“持論”が、まっすぐに心に届く。
「分かったか?」
「……うん。ちゃんと、守るよ。瑞樹を、家族を」
光男はうん、と一度だけ頷くと、そっと微笑んだ。
「じゃあ、もう一本いくか?」
「うん、飲もう」
「まぁ、うちの母ちゃんは守るどころか俺より強いけどな。はっはっは」
親子の缶ビールが、控えめな音を立てて乾杯した。
その夜、瑞樹は恵子と台所で並んで洗い物をしていた。
「ほんとにお母さんも素敵な方で安心しました」
「やだ〜、そんな……でも、私ね、ずっと思ってたの。大也には、自分の家族を大切にできる人と出会ってほしいって」
「……それは私も、同じです」
瑞樹の手が止まる。
「大也さん、家族の話をよくしてくれました。だから、今日ここに来られて、本当に良かったって思います」
恵子は静かに、優しく微笑んだ。
「じゃあ、これからは“家族”として、よろしくね」
「……はい」
瑞樹は布団の中で、大也の母とした会話を思い出していた。
「瑞樹ちゃんみたいな人が来てくれて、本当に嬉しい。あの子、口数少ないけど、あなたのこと、大切にしてるの伝わってくるよ」
布団の上に目をやると、猫のクッションが置かれていた。恵子が「寒かったら使ってね〜」と笑いながら持ってきたものだ。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
・・・・帰りの車の中で、瑞樹は静かに目を閉じていた。
言葉にはしなかったが、あの夜の空気、あの家族の優しさ、大也の真剣な眼差し――
それらすべてが、胸の奥にきらめく宝石のように残っていた。
(私、この人と結婚するんだ)
そう思ったとき、指輪のダイヤモンドが街灯の光を受けてふと輝いた。
その光は、瑞樹の未来にそっと永遠の輝きを刻んでいた。
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、ブリッジ銀座のスタッフでJJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
山本健司(やまもとけんじ)大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った。お相手は高校時代からの彼女。
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