第六話:同僚達の結婚観
週末の夜、都内の落ち着いた居酒屋で、大也は会社の同期・山本健司の結婚祝いに参加していた。集まったのは同じ部署の同僚たち10名。いつも仕事で顔を合わせている同期メンバーだが、仕事終わりの会な事もあり皆スーツ姿だがネクタイを緩めてリラックスした雰囲気だ。
「それにしても、山本、お前が一番乗りで結婚するとはな!」
乾杯が済むと、同僚の一人が冗談交じりに言った。山本は少し照れくさそうに笑いながら、「まあ、高校時代から付き合ってたしな。そろそろ決め時かなって」と応えた。
「決め時か……。そのタイミングってどうやってわかるんだ?」
大也がふと問いかけると、周囲の同僚たちが面白そうに身を乗り出してきた。
「おっ、大越、ついにその気になってきたか?」
「いや、まあ、ちょっとな……。」
適当にごまかす大也だったが、瑞樹のことが頭をよぎる。交際3年。彼女が結婚したいと考えていることも、なんとなく感じてはいる。
そこへ山本が真剣な顔で口を開いた。
「俺はシンプルに、彼女と一緒にいる時間が当たり前になって、これからもずっと一緒にいたいと思ったから。何か決定的な出来事があったわけじゃないけど、安心できる関係をこのまま続けたいって思ったんだよな。」
「おー、いいこと言うじゃん!」
「それに、結婚した方が社会的信用も上がるし、将来の計画も立てやすい。税金面のメリットもあるしな。」
結婚賛成派の同僚がうなずきながら口々に言う。
「いやー実は、俺もそろそろ結婚考えなきゃいけないのかなって思うんだけどさ」と大也が切り出すと、山本が笑いながら言った。
「絶対したほうがいいって! 長く付き合ってるならなおさら。結婚すると覚悟もできるし、家族になるっていう安心感もあるしな」
「そうそう」と賛同したのは別の同僚・田村。「お前らの付き合いも長いんだろ? だったらもう決まりみたいなもんじゃん」
「いや、でもさ」と別の同僚・川上が口を挟む。「結婚なんてしなくても、うまくやってるならそれでいいんじゃないの? 俺は自由がなくなるのが嫌だな」
「そうそう、俺も」と賛同するのは藤井。「結婚したら色々と責任も増えるし、お金もかかるし。自由に遊べなくなるのはキツい」
「でもさ」と今度は女性の同僚・佐々木が口を開いた。「結婚してる人がみんな不幸なわけじゃないし、むしろ幸せな人のほうが多いんじゃない?」
「そりゃあね、でも幸せな結婚生活ができる保証なんてどこにもないし」と藤井。
「そんなこと言ったら、仕事だって未来の保証なんてないよ?」と、もう一人の女性同僚・松井が反論する。「でも、みんな仕事はするでしょ? 結婚だって同じ。リスクはあっても、それを受け入れる覚悟があるかどうか」
「覚悟が有ってもなー、結婚すると自由がなくなるって言うじゃん? 休日に好きなことできないとか、お小遣い制になるとか、家事の分担とか、いろいろ縛られるんだろ?」
今度は反対派の同僚が異を唱える。
「それそれ!俺の知り合いの先輩、結婚してから趣味のバイク売らされたらしいぜ?」
「うわ、それはキツいな……。」
「まあ、でもそれは奥さんとの交渉次第だろ?」
「いやいや、そもそも結婚しないほうが、余計なストレス抱えなくて済むし、好きな時に好きなことできるから最高だろ?」
「それ言っちゃうと身も蓋もないけどな(笑)」
と誰かが笑いながら言うと、話題は少し変わり、「女性の考えていることが分からない問題」に移っていった。
女性の気持ちって判り難い?
「でもさ、女性って何考えてるか分からない時あるよな。」
「めっちゃある!例えば機嫌悪そうだから『どうしたの?』って聞くと『別に』って返されるけど、絶対別にじゃないよな!」
「あるある(笑)。『別に』って言われた時点で、何か怒ってるのは確定なんだけど、原因が分からないから地雷踏みそうで怖いんだよ。」
「でもそれって、分かってる奴は分かってるんだよな。」
「いや、それが分かるってやつ、結局勘違いしてる場合もあるんだよ。『今こういう気分でしょ?』って決めつけて逆に怒られるパターンとか(笑)。」
「そうそう、『分かった風に言わないで!』って言われて余計こじれるとかね。」
「じゃあ、お前らどうやって乗り切ってんの?」
「俺?基本的には聞くよ。でも『別に』って言われたら、一回引いて様子見て、ちょっと時間経ったら『話したくなったら言ってね』って言う。」
「それが正解かもな。うちは逆に、気づいてるアピールすると『察してくれて嬉しい』ってなることもある。」
「めっちゃわかる」と田村。「この前、彼女が『なんでもない』って言ったのに、あとで『本当は怒ってた』って言われてさ。なんでもなくないじゃん!」
「あるある! でも、本当にわかる人はわかるんじゃない?」と佐々木。
「え? それってどういうこと?」と藤井が聞く。
「たとえば、山本くんとか、彼女さんの気持ちわかってるでしょ?」と松井。
「まぁ、長く一緒にいるとね。なんとなく『あ、これは怒ってるな』とか『落ち込んでるな』ってわかるようにはなるよ」と山本。
「それができる人はいいけど、できない人もいるんだよな」と川上。
「逆に、わかったつもりで全然違うこと考えてるパターンもあるよね」と佐々木が笑う。「女同士だと、そういう勘違いしてる男の話で盛り上がることあるよ」
「マジかよ……」と大也は苦笑しながら、ふと瑞樹のことを思い出す。自分は瑞樹の気持ち、ちゃんとわかっているだろうか。
「まあ、結局のところ相手次第なんだよな。」
大也はこの話を聞きながら、瑞樹のことを思い浮かべた。
(そういえば、この間のすれ違いも、俺がちゃんと聞けてなかったからこじれたのかもな……。)
お酒が進んでいくと議論も尽きずに、和気あいあいとした雰囲気の中で続いていく。すると、別の同僚がふと話題を変えた。
「じゃあ、指輪はどうなんだ?プロポーズに指輪って、やっぱり必要なのか?」
「いや、それはさすがにいるだろ?結婚するならちゃんと形に残るものを渡さないと!」
「でもさ、ぶっちゃけあのダイヤの指輪って高いし、買っても普段あんまりつけなくない?」
「確かに。うちの姉貴も、結婚指輪より普段使いのアクセの方がつけてるわ。」
「そもそも婚約指輪って文化、日本独自のマーケティング戦略だったんじゃなかったっけ?」
「それ言ったら夢がないだろ!(笑)」
「でもさ、正直、指輪って自己満じゃね?」と、また別の同僚が異論を唱える。「俺は、指輪より実用的なものに金使いたいな。旅行とかさ。」
「でも、指輪って形に残るじゃん。旅行は思い出にはなるけど、目に見えるものがないし。」
「いやいや、そもそも指輪なんかなくても気持ちがあれば十分だろ?」
「それは分かるけど……やっぱり、指輪があると女性は喜ぶんじゃないか?」
「指輪って結婚の象徴じゃん? 女の子は欲しがる人多いと思うよ」と佐々木。
「そうそう」と松井も頷く。「友達も言ってたけど、『指輪は結婚の証』って思ってる人は多いし、もらえないとがっかりする人もいるよ」
大也は、そんな議論を聞きながら、瑞樹のことを思った。
(瑞樹はどう思ってるんだろう?)
彼女は昔からロマンチックなものが好きだった。高校時代、野球部のマネージャーをしていた彼女は、試合のたびに応援グッズを手作りしていたし、思い出を大切にするタイプだった。
(きっと、指輪はあったほうがいいって思うよな……。)
賛成派、反対派、それぞれの意見が飛び交う中、大也は静かにグラスを傾けながら考えていた。
指輪の価値は、値段やブランドだけではない。相手がそれを喜ぶかどうか、そして自分がどんな気持ちで贈るかが大切なんじゃないか。
「結局、人それぞれってことか。」
大也がそうつぶやくと、山本がにやりと笑って言った。
「まあな。でも、後悔しない選択をするのが一番だぞ。」
「……そうだな。」
大也はグラスを掲げた。
「じゃあ、今夜は山本の門出を祝って、もう一杯いこうか!」
「おおー!」
「まあ、何はともあれ、山本、結婚おめでとう!」
「ありがとう!」
「俺たちも、そのうち続くかもな?」
「大也、お前もそろそろ考え時じゃね?」
「……まあな。」
そう言いながら、大也は瑞樹の顔を思い浮かべていた。
盛り上がる仲間たちとともに、再びグラスを合わせた。夜はまだまだ続きそうだった。
第1話「休日のカフェ、揺れる想い」
第2話「秘密の準備」
第3話「すれ違い」
第4話「休日ボッチ」
第5話「茜の悪戯」
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、JJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
山本健司(やまもとけんじ)大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った。お相手は高校時代からの彼女。
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