第7話:空へ飛ぶ君と僕
「えっ、ここ?」
瑞樹は目の前に広がるフィールドアスレチックを見て、驚いたような顔をした。
「うん、たまにはこういうのも楽しいかなって」
大也はにやりと笑いながら、瑞樹の手を引く。
週末のデートに誘われたとき、瑞樹はカフェ巡りやショッピング、せいぜい紅葉を見に行くくらいのイメージをしていた。ちょっと動きやすい格好で来て、しかし、まさかのアクティブなフィールドアスレチック。しかも、バス釣りのポイントがすぐそばにあるということで、大也の趣味が少し絡んでいるのは間違いない。
大也から「アウトドアできる服装で来て」と言われた。(アウトドアって言っても、せいぜい公園でピクニックくらいかと思ってたけど……こういう事か!)瑞樹は、自分のストレッチの効いたスキニーデニムとスニーカー姿を見下ろし、納得したようにため息をついた。
「たまにはって……私、こういうの得意じゃないんだけど」
「大丈夫、俺がついてるから!」
「ねぇ、大也。最初から言ってくれたら、もうちょっと心構えができたんだけど!」
「だって、言ったら絶対嫌がるでしょ?」
「うっ……」
図星だった。
大也は爽やかに笑い、受付で二人分のチケットを購入した。
◆
アスレチックコースは、木の間を綱渡りするものや、ロープを使ってよじ登るもの、大きなタイヤの上をバランスを取りながら渡るものなど、なかなか本格的なものが揃っていた。
最初のうちは瑞樹も慎重に進んでいたが、大也が先に行って「ほら、こうやるんだよ」と見本を見せたり、「ほら、手を貸してやるから!」とサポートしてくれるおかげで、少しずつ慣れてきた。
「うわっ、これ怖い!」
瑞樹は、木と木の間をロープ一本だけで渡るアスレチックの前で立ち止まった。下を見れば、3メートルほどの高さから落ちそうな気がして足がすくむ。
「大丈夫、俺もいるし、ハーネスもついてるから。ゆっくり、ゆっくり」
大也は先に渡り、瑞樹に手を差し出した。
「……怖いけど」
瑞樹は一歩を踏み出し、慎重に進む。大也の手をぎゅっと握ると、不思議と安心した。
「ほら、もう少し!」
「わっ、ちょっと揺らさないでよ!」
「え? 俺、揺らしてないよ?」
「嘘つき! 絶対揺れてる!」
瑞樹が怒ったような顔をしながらも、なんとか向こう岸にたどり着いた。
「やったー!」
「やったな!」
二人は思わずハイタッチする。
◆
いくつものアスレチックをクリアし、ついに最後のアトラクションが待っていた。
「で、でかい……」
瑞樹は思わず息を呑んだ。目の前には、高低差200メートルの大きな谷。その上に張られたジップラインが、向こう岸まで一気に滑り降りるように伸びている。まるで空を飛ぶような感覚になるだろう。
「え、これ、マジでやるの?」
「もちろん! むしろこれがメインイベントでしょ」
大也は嬉しそうに笑うが、瑞樹はすでに顔が青ざめている。
「私、これだけは無理かも……」
「大丈夫、俺が一緒に飛ぶから」
スタッフの説明を受け、ハーネスをしっかりと装着した瑞樹は、飛ぶ直前の台の上で固まってしまった。
「本当に無理かも……」
「大丈夫、大丈夫。俺と一緒にカウントしよう。せーの、で飛ぶぞ?」
瑞樹は大也の顔を見た。彼の目は真剣で、どこまでも信頼できる優しさがあった。
「……わかった」
「よし、いくぞ。せーの……!」
「きゃあああああああ!!!」
瑞樹は悲鳴を上げながら、勢いよく空へ飛び出した。風が体を包み込み、一瞬、何もかもが消え去るような感覚になった。
目の前に広がるのは、青空と谷の緑。まるで鳥になったような気分だった。
「うわーーー!すごい!」
驚きと興奮が混ざり合い、怖さはどこかに消えていた。隣を飛ぶ大也が、大きく手を振る。
「楽しいだろー!」
「うん!!」
瑞樹は満面の笑みを浮かべた。
地上に降り立った瞬間、瑞樹は膝から崩れ落ちた。
「はぁ……生きてる……」
「お疲れさん。瑞樹、やればできるじゃん!」
「もう、こんなの二度とやらないからね!」
「でも、楽しかっただろ?」
瑞樹はちょっと拗ねたような顔をしながら、でも、心のどこかで嬉しく思っていた。
「……うん」
「よし、それなら記念に写真撮るか!」
大也がスマホを取り出し、二人でジップラインのスタート地点をバックに写真を撮る。瑞樹はまだ少し震えていたが、笑顔だった。
「こういうのも、たまにはいいかもね」
「だろ?」
二人は自然と手を繋いでいた。
帰りの車の中、大也は静かにハンドルを握りながらぽつりとつぶやいた。
「なんか、この前、妙な空気になってごめんな」
瑞樹は隣でシートベルトを締めたまま、ちらりと大也の横顔を見た。
「……どうして?」
「なんていうかさ……男って、結婚とか、そういう話を真面目に考えるとき、急に冷静になりすぎるところがあるんだよ」
瑞樹は少し驚いた。
「冷静に?」
「ああ。たぶん、女の子は『どうしたら幸せになれるか』って考える。でも男は、『どうやって責任を取るか』を考える。楽しいことだけじゃなくて、不安とかお金のこととか、全部含めて考えるから、急に慎重になるんだよ」
瑞樹は少し考え込んだ。
「……私は、ただ大也と一緒にいたいだけなのにな」
「俺も、瑞樹と一緒にいたいよ。でも、それだけじゃダメな気がするんだよな……」
瑞樹はその言葉に引っかかった。
(それだけじゃ、ダメ?)
たしかに、結婚には現実的な問題がある。でも、そこを乗り越えた先にあるものを見たいという気持ちもある。
大也の言いたいことは半分わかる。でも、半分は理解できない。
(私は、いつも考えすぎなのかな? それとも、彼がもう少し真剣に考えてくれたら安心できるのかな……)
自分のわがままなのか、それとも、ただ考え方の違いなのか。
そんなことを考えていると、大也が突然「この道の方が早いかも!」と言いながら、ナビを無視して山道へと入っていった。
「えっ、ちょっと! どこ行くの!?」
「大丈夫、大丈夫! たぶんこっちの方が近道だから!」
しかし、それは完全な誤算だった。
道はどんどん細くなり、曲がりくねった山道を進むうちに、すっかり日が暮れてしまった。
「……ねぇ、大也。これ、完全に遠回りになってない?」
「……いや、まあ、うん。ちょっとそんな気はする」
瑞樹はため息をついた。
「やっぱりナビ通りに行くのが一番なんじゃない?」
「……はい、すみません」
二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
「まあ、でも、こんな遠回りするのも悪くないかもね」
「はは、俺もそう思う」
瑞樹は、まだ道に迷っている車の中で、大也のことをもう少し理解しようと思った。静かな車内に、心地よいエンジンの振動が響いていた。
第1話「休日のカフェ、揺れる想い」
第2話「秘密の準備」
第3話「すれ違い」
第4話「休日ボッチ」
第5話「茜の悪戯」
第6話「同期の考え」
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、JJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
山本健司(やまもとけんじ)大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った。お相手は高校時代からの彼女。
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