第八話:決意のかたち
「お互い一緒にいたい、でも、それだけじゃダメなんだよな……」
大也は、一人でコーヒーをすすりながらぼんやりとつぶやいた。
瑞樹と付き合って三年。心地よさもあるし、楽しい時間もある。でも、最近、ふとしたときに瑞樹が何かを言いたげな表情をしているのが気になっていた。
先日のアスレチックの帰り道、「この前はごめん」と自分から言い出したものの、結局、自分は何を謝ったのか、まだ明確に答えを持てていない気がする。
瑞樹といることに迷いはない。でも、それだけでいいのか? その「いいのか」の部分が、どうにも自分でもはっきりしない。
「……よし、茜に相談してみるか」
瑞樹の親友の茜は、何かとズバズバ物を言うが、その分、的を射たことを言ってくれる。瑞樹の考えていることを知るヒントにもなるかもしれない。
◆
「おぉ!ついに大也君も結婚ですか!」
茜は、カフェのテーブル越しに目を丸くして大也を見た。
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……結婚って何かなと思ってさ」
「ちょっと待って。結婚の相談じゃなくて、”結婚についての相談” ってこと?」
「うーん、まぁ、そんな感じ」
大也はカフェラテのカップを手の中で転がしながら、もどかしそうに言った。
「瑞樹といるのは楽しいし、ずっと一緒にいたいとは思ってる。でも、それだけじゃダメな気がしてるんだよな」
「おー、なるほど。自分で ‘ダメな気がする’ って言ってる時点で、もう答え出てない?」
「え、どういうこと?」
「つまり、大也はもう ‘ただ一緒にいるだけじゃ足りない’ って気づいちゃってるんでしょ?」
「……そうなのか?」
「そーなの! そもそも、そういうのってね、確たる決意が大事なのよ」
茜は大也をじっと見ながら、ストローをくるくる回して続けた。
「結婚ってのはね、ただ ‘一緒にいたい’ っていう気持ちだけじゃなくて、ちゃんと形にすることが大事なのよ。そうじゃなきゃ、ただの仲良しの延長になっちゃう」
「形にするって……つまり?」
「婚姻届、とか、指輪、とか、そういうやつよ」
「指輪ねえ……」
大也は腕を組んで考え込んだ。
「そもそも指輪って、そんなに重要なのか? 結婚って契約なんだから、紙切れ一枚あればいいような気がするんだけど」
「それ言っちゃうと身も蓋もないけどな(笑)」
茜は呆れたようにため息をつき、少し考えてから話し始めた。
「指輪ってさ、ただの装飾品じゃないのよ。結婚の証でもあるし、決意を形にするものでもある。それに、婚約指輪のダイヤモンドには、昔から ‘永遠の愛’ って意味があるんだよ」
「……いや、待て待て、茜。お前、そんな宝石に詳しかったっけ?」
「はは、バレた? まぁ、これは全部、うちの友達の受け売りなんだけどね」
「受け売り?」
「うん、知り合いに宝石店で働いてる友達がいるのよ。古田あやかって言うんだけど」
「ほう……」
「その子が言うにはね、今はミニマムな時代だから、確かに結婚指輪とか婚約指輪にお金をかけたくないって人も増えてる。でも、それでも宝石が女性の憧れであり続けるのは、そこに ‘情緒的な価値’ があるからだって」
「情緒的な価値?」
「うん。たとえばさ、昔の王族や貴族も、大切な約束をするときに宝石を贈ってたでしょ? それって単に価値があるからじゃなくて、 ‘決意を託す’ っていう意味があったのよ」
「なるほど……」
大也は腕を組みながら考えた。
「だから、指輪っていうのは ‘契約の証’ であると同時に、 ‘決意を閉じ込めたもの’ でもあるんだよね。そう考えると、ただのアクセサリーじゃないって思えてこない?」
「……そうかもしれないな」
「まぁ、私はそんなに詳しくないし、その辺の話は古田に聞いた方がいいかもね。もしかしたら、大也の決意も固まるかもしれないよ?」
「決意……ねぇ」
大也はぼんやりとカフェの外を眺めた。
一緒にいたい。それは変わらない。
でも、それを形にすることが、なぜ大事なのか。
大也の中で、少しずつ何かが変わり始めていた。
ここから時系列は第一話へ戻ります。
サプライズプロポーズまであと40日
第1話「休日のカフェ、揺れる想い」
第2話「秘密の準備」
第3話「すれ違い」
第4話「休日ボッチ」
第5話「茜の悪戯」
第6話「同期の考え」
第7話「空へ飛ぶ君と僕」
登場人物:大越大也(おおこしだいや)埼玉県大宮市出身の30歳、趣味はドライブと釣り、行動力が有り何事もまずはやってみるタイプ。
松本瑞樹(まつもとみずき)神奈川県出身29歳、高校時代は名門野球部のマネージャーだったお姫様キャラ。慎重派でよく考えてから行動するタイプ。
瑞樹の友人の茜(あかね)29歳、瑞樹とは高校時代からの地元の友人で気心が知れている。大也とも面識が有り
茜の友人古田あやか(ふるたあやか)茜の大学時代の友人、JJA公認ジュエリーコーディネーター年間100組以上のサプライズプロポーズをプロデュースしている。
山本健司(やまもとけんじ)大也の会社で同期の同僚、同期の中でいち早く結婚に踏み切った。お相手は高校時代からの彼女。
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